2026.09.28
弱音を吐けない人の心理 〜なぜ辛くても「大丈夫」と言ってしまうのか?〜
「大丈夫?」
そう聞かれると、
本当は全然大丈夫ではないのに、
なぜか笑って、
「うん、大丈夫」
と答えてしまう。
仕事がつらい。
人間関係で傷ついている。
心も体も疲れている。
本当は、
誰かに話を聞いてほしい。
「つらかったね」
と言ってほしい。
少しだけ、
助けてほしい。
それなのに、
いざ誰かを目の前にすると、
言葉が出てこない。
「これくらいで弱音を吐いちゃダメ」
「もっと大変な人もいる」
「心配をかけたくない」
「こんなことを話したら迷惑かもしれない」
「弱い人だと思われたくない」
そう考えて、
また一人で抱え込む。
そして、
周りからは、
こんなふうに言われることがあります。
「いつも元気だよね」
「悩みなんてなさそう」
「あなたなら大丈夫でしょ」
その言葉を聞いて、
笑いながら、
心の中では、
こう思う。
「本当は、大丈夫じゃないんだけどな……」
前回の記事では、
「人に頼れない人の心理」
についてお話ししました。
そこで、
人に頼れない人は、
単に自立しているのではなく、
「一人でやる方が安全だ」と学んできた可能性がある
とお伝えしました。
では今回は、
さらにその奥へ進みます。
なぜ、
人に頼れないだけではなく、
自分がつらいことさえ言えなくなるのでしょうか?
なぜ、
本当につらい人ほど、
「大丈夫」
と言ってしまうことがあるのでしょう?
そして、
弱音を吐くことと、
弱い人になることは、
本当に同じなのでしょうか?
今回は、
心理学の物知り博士👨🏼🏫と助手🧑🏼🎓と一緒に、
「弱音を吐けない人の心理」
をじっくり紐解いていきましょう。
結論:弱音を吐けない人は「弱くない人」なのではなく、“弱さを見せないことで自分を守ってきた人”
助手🧑🏼🎓
「博士、弱音を吐かない人って、やっぱりメンタルが強いんですか?」
博士👨🏼🏫
「そう見えることはあるのう。」
助手🧑🏼🎓
「どんなにつらくても、“大丈夫”って言えるわけですから。」
博士👨🏼🏫
「では助手くん。」
「足を骨折した人が、“痛くありません!”と言って走り続けていたら、強いと思うか?」
助手🧑🏼🎓
「……それは心配になります。」
博士👨🏼🏫
「心も同じじゃ。」
つらさを感じないことと、
つらさを言えないことは、
違います。
本当に強いから、
弱音を吐かない人もいるでしょう。
でも、
中には、
「弱音を吐くことが怖いから、強く振る舞っている人」
もいます。
弱さを見せたら、
嫌われるかもしれない。
迷惑をかけるかもしれない。
がっかりされるかもしれない。
見捨てられるかもしれない。
だから、
「大丈夫」
という言葉で、
自分を守る。
博士👨🏼🏫
「“大丈夫”は、ときに返事ではなく、鎧になるんじゃ。」
【セルフチェック】あなたは「弱音を吐けない人」になっていませんか?

次の項目を読んで、
当てはまるものがあるか確認してみてください。
□ 「大丈夫?」と聞かれると反射的に「大丈夫」と答える
□ つらいときほど明るく振る舞ってしまう
□ 人前で泣くことに強い抵抗がある
□ 悩みを人に話すのが苦手
□ 自分より大変な人を思い浮かべて我慢する
□ 「これくらいで弱音を吐いてはいけない」と思う
□ 心配をかけることに罪悪感がある
□ 弱い自分を見せると嫌われそうで怖い
□ 人から「いつも強いね」と言われる
□ 人の相談には乗れるのに、自分の相談はできない
□ 本当につらいときほど一人になりたくなる
□ 「助けて」と言うことが苦手
□ 落ち込んでいても、人前では笑ってしまう
□ 誰かに悩みを話したあと「言わなければよかった」と後悔する
□ 自分のつらさを「たいしたことない」と扱ってしまう
□ 「弱音を吐いたら負け」という感覚がある
□ 仕事や家庭では「しっかりした人」でいることが多い
□ 限界になってから突然動けなくなることがある
□ 誰かに気づいてほしいのに、自分からは言えない
□ 「本当の自分を見せたら、がっかりされるかもしれない」と感じる
助手🧑🏼🎓
「博士……。」
「僕、“大丈夫”の使用回数に上限をつけた方がいいかもしれません。」
博士👨🏼🏫
「まずは“大丈夫じゃない日もある”と知るところからじゃな。」
※このチェックは診断ではありません。自分の心の傾向に気づくための目安としてお使いください。
なぜ弱音を吐けなくなるのか?
弱音を吐けなくなる理由は、
一つではありません。
家庭環境。
学校。
友人関係。
恋愛。
職場。
過去のさまざまな経験。
そうしたものが、
少しずつ影響していることがあります。
例えば、
子どもの頃、
泣いたときに、
「それくらいで泣かないの」
と言われた。
怖いと言ったら、
「そんなことで怖がってどうするの」
と言われた。
悩みを話したら、
「考えすぎ」
と言われた。
弱音を吐いたら、
「もっと大変な人もいる」
と言われた。
すると、
心は少しずつ、
こんなことを学習することがあります。
「つらいと言ってはいけない」
「弱さを見せると否定される」
「感情は自分で処理しなければならない」
「人に心配をかける私は迷惑だ」
「泣かない子」「手のかからない子」が強いとは限らない
子どもの頃、
周りから、
「本当に手がかからないね」
「しっかりしてるね」
「お姉ちゃんだから偉いね」
「我慢できてすごいね」
と言われてきた。
もちろん、
それ自体が悪いわけではありません。
でも、
もし、
“我慢している自分”ばかりが評価されていた
としたら、
子どもは、
こんなふうに学ぶことがあります。
「泣かない私は、いい子」
「困らせない私は、いい子」
「弱音を吐かない私は、褒めてもらえる」
すると、
大人になっても、
無意識に、
「つらさを見せないこと=愛される条件」
になっていることがあります。
「しっかり者」という役割を降りられなくなる
助手🧑🏼🎓
「博士、“しっかりしている”って褒め言葉ですよね?」
博士👨🏼🏫
「もちろんじゃ。」
「じゃが、役割になりすぎると苦しくなる。」
家族の中で、
いつもしっかりしている。
職場でも、
頼られる。
友人関係でも、
相談される側。
すると、
いつの間にか、
「私は弱くなってはいけない」
という役割ができます。
周りからも、
「あなたなら大丈夫」
と言われる。
その言葉が、
だんだん、
重くなっていく。
本当は、
自分だって、
「今日は無理」
と言いたい。
でも、
“しっかり者の私”を壊せない。
博士👨🏼🏫
「役割は服のようなものじゃ。」
「必要なときに着ればいい。ずっと脱げない鎧にしなくてもいいんじゃ。」
「弱音を吐く=迷惑をかける」になっていないか?
弱音を吐けない人は、
自分のつらさを話すことを、
相手への負担だと感じることがあります。
「こんな話を聞かせたら申し訳ない」
「暗い気持ちにさせるかもしれない」
「相手だって大変なのに」
だから、
言わない。
でも、
ここで考えてみてください。
もし、
大切な友人が、
つらそうにしていて、
あなたに、
「少し話を聞いてもらってもいい?」
と言ってきたら、
どう感じるでしょう?
助手🧑🏼🎓
「むしろ、話してくれてよかったと思うかもしれません。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃろう?」
自分が人の弱音を受け止められるように、
誰かも、
あなたの弱音を、
受け止めたいと思っているかもしれません。
「心配をかけたくない」の奥にあるもの
「心配をかけたくない」
これは、
優しさから出てくる言葉です。
でも、
もう一歩、
奥を見てみると、
別の気持ちが隠れていることもあります。
例えば、
「心配されたら、弱いと思われそう」
「心配されたら、説明しなければならない」
「心配されたら、自分の感情が溢れそう」
「心配されたら、本当に自分がつらいことを認めなければならない」
つまり、
相手を心配させたくないだけではなく、
自分自身が“つらい自分”と向き合うのが怖い
場合もあるのです。
「大丈夫」と言えば、自分まで大丈夫な気がする
助手🧑🏼🎓
「博士、“大丈夫”って人に言ってるだけじゃないんですか?」
博士👨🏼🏫
「自分にも言っていることがある。」
本当は、
つらい。
でも、
「大丈夫」
と言う。
本当は、
限界。
でも、
「まだいける」
と言う。
本当は、
傷ついている。
でも、
「気にしてない」
と言う。
そうすると、
一瞬、
自分まで、
本当に大丈夫なような気がします。
つまり、
「大丈夫」は、
相手を安心させるだけでなく、
自分のつらさを見ないための言葉
になっていることもあります。
「大丈夫」は心のフタになることがある
博士👨🏼🏫
「助手くん、鍋にずっとフタをして火にかけ続けたらどうなる?」
助手🧑🏼🎓
「圧が高くなります。」
博士👨🏼🏫
「心も似たところがある。」
悲しい。
でも、
大丈夫。
腹が立つ。
でも、
大丈夫。
苦しい。
でも、
大丈夫。
怖い。
でも、
大丈夫。
そうやって、
感情にフタをし続ける。
すると、
感情がなくなるわけではありません。
見えないところで、
少しずつ、
圧が高くなっていくことがあります。
感情は「感じないようにする」と消えるわけではない
悲しみ。
怒り。
不安。
寂しさ。
疲れ。
これらは、
「感じてはいけない」
と思ったからといって、
完全に消えるわけではありません。
むしろ、
無視し続けることで、
別の形で現れることがあります。
イライラする。
急に涙が出る。
何もやる気がしない。
人に会いたくなくなる。
些細なことで爆発する。
「もう全部どうでもいい」
と感じる。
もちろん、
こうした状態にはさまざまな要因があります。
でも、
長い間、
感情を抑え続けてきたことが、
影響している場合もあります。
「もっと大変な人がいる」は、自分を苦しめる言葉になる
つらいとき、
こう考える人がいます。
「私より大変な人はいっぱいいる」
「これくらいで弱音を吐いちゃダメ」
確かに、
世界には、
自分より大変な状況の人がいるかもしれません。
でも、
それと、
あなたがつらいことは、
別の話です。
助手🧑🏼🎓
「博士、足を骨折した人に、“もっと大きなケガの人もいるから痛がるな”とは言わないですよね。」
博士👨🏼🏫
「その通りじゃ。」
誰かの苦しみが大きいからといって、
あなたの苦しみが、
ゼロになるわけではありません。
つらさは、競争ではないのです。
「これくらい」は誰が決めているのか?
「これくらいで疲れちゃダメ」
「これくらいで泣いちゃダメ」
「これくらい自分で何とかしないと」
その、
「これくらい」
は、
誰が決めたのでしょう?
過去の誰か?
職場?
家族?
世間?
それとも、
自分自身?
人によって、
体力も違います。
経験も違います。
抱えているものも違います。
だから、
他人と比べて、
「これくらい」
と決めなくてもいいのです。
弱音を吐くことと「愚痴ばかり言うこと」は違う
助手🧑🏼🎓
「博士、でも弱音ばかり吐いている人になるのは嫌です。」
博士👨🏼🏫
「それもよくある心配じゃ。」
弱音を吐くことと、
いつも誰かに不満をぶつけ続けることは、
同じではありません。
例えば、
「今日は少しつらかった」
と伝える。
「今ちょっと不安なんだ」
と話す。
「今日は話を聞いてほしい」
とお願いする。
これは、
自分の状態を、
相手に共有しているだけです。
弱音を吐くことは、
必ずしも、
相手に問題解決を押しつけることではありません。
「聞いてほしい」と「解決してほしい」を分ける
弱音を吐けない理由の一つに、
「話したら相手に迷惑をかける」
があります。
そこで、
話すときに、
自分が何を求めているかを、
先に伝える方法があります。
例えば、
「解決策はいらないから、少し聞いてもらえる?」
「10分だけ愚痴を聞いてほしい」
「アドバイスより、今日は共感してもらえると嬉しい」
「どうしたらいいか、一緒に考えてほしい」
これだけで、
相手も、
何をすればいいかわかります。
助手🧑🏼🎓
「相手に“心理カウンセラーになってください”って丸投げするわけじゃないんですね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
「弱さを見せたら嫌われる」という怖さ
ここには、
とても深い心理があります。
例えば、
普段、
明るい。
仕事ができる。
しっかりしている。
人から頼られる。
そんな自分が、
「実は今、かなりつらい」
と言ったら、
相手はどう思うだろう?
「面倒な人」
と思われる?
「弱い人」
と思われる?
「意外とダメなんだな」
と思われる?
すると、
弱さを隠したくなります。
でも、
ここで一つ、
大切なことがあります。
人は、あなたの“強さだけ”と関係を作っているのでしょうか?
「完璧な自分」しか見せないと、孤独になることがある
いつも、元気。
いつも、笑顔。
いつも、しっかり。
いつも、大丈夫。
すると、周りからは、
「この人は助けなくて大丈夫」
と思われます。
そして、
あなた自身は、
「誰も本当の私をわかってくれない」
と感じる。
でも、
周りからすれば、
本当のあなたを見る機会がなかったのかもしれません。
助手🧑🏼🎓
「見せてないのに、“気づいてほしい”と思ってたんですね。」
博士👨🏼🏫
「そういうこともある。」
「気づいてほしい。でも言いたくない」という矛盾
弱音を吐けない人の中には、
こんな気持ちがあります。
「自分から言うのは嫌」
「でも気づいてほしい」
「助けてとは言えない」
「でも助けてほしい」
これは、
わがままなのではありません。
自分から弱さを見せることが、
それだけ怖いのです。
だから、
相手から気づいてもらえれば、
自分から弱さをさらけ出さなくて済む。
でも、
残念ながら、
人は、
心を完全には読めません。
博士👨🏼🏫
「心には字幕がついておらんからのう。」
「察してほしい」から「少し伝えてみる」へ
いきなり、
全部話す必要はありません。
例えば、
「今日はちょっと疲れてる」
「実は少し落ち込んでる」
「今、あんまり余裕がないんだ」
これだけでもいい。
弱音を、
100%出す必要はありません。
まず、
10%くらい、
外に出してみる。
助手🧑🏼🎓
「心の試食コーナーくらいですね。」
博士👨🏼🏫
「全部出店しなくてよい。」
弱音は「信頼できる人」に吐けばいい
誰にでも、
弱さを見せる必要はありません。
ここは、
とても大切です。
あなたの話を、
馬鹿にする人。
秘密を他人に話す人。
弱さを利用する人。
いつも否定する人。
そういう人に、
無理に心を開く必要はありません。
弱音を吐く相手は、
選んでいいのです。
話を聞いてくれる。
秘密を守る。
否定せずに聞く。
こちらの気持ちを尊重してくれる。
そんな、
安全な人
を選びます。
「弱音を吐けない」のではなく「安心して弱音を吐ける場所がなかった」こともある
博士👨🏼🏫
「人はな、安心できない場所では鎧を脱がん。」
助手🧑🏼🎓
「弱音を吐けないのが性格じゃない場合もある?」
博士👨🏼🏫
「もちろんじゃ。」
ずっと、
弱さを見せられない環境にいた。
だから、
弱音を吐く練習をしてこなかった。
それだけかもしれません。
ならば、
必要なのは、
「もっと素直にならなきゃ」
と自分を責めることではありません。
安心できる関係の中で、少しずつ練習すること
です。
「大丈夫?」にすぐ答えない練習
弱音を吐けない人に、
とてもおすすめなのが、
これです。
誰かに、
「大丈夫?」
と聞かれたとき、
反射的に、
「大丈夫」
と言う前に、
3秒だけ止まる。
そして、
自分に聞きます。
「本当に?」
助手🧑🏼🎓
「たった3秒ですか?」
博士👨🏼🏫
「反射を止めるには、その3秒が大きいんじゃ。」
「大丈夫」以外の答えを持っておく
いきなり、
「実はものすごくつらいんです!」
と言う必要はありません。
例えば、
こんな答えがあります。
「ちょっと疲れてるかも」
「今日はあんまり余裕ないかな」
「大丈夫ではあるけど、少ししんどい」
「実は少し悩んでる」
「今はうまく説明できないけど、ちょっとつらい」
「聞いてくれてありがとう」
こうした、
“大丈夫とSOSの間の言葉”
を持っておくと、
弱音を出しやすくなります。
今日からできる「弱音を10%出す練習」
いきなり、
心の奥を全部見せる必要はありません。
まずは、
10%だけ。
例えば、
本当のつらさが100だとします。
いつもなら、
0しか見せない。
それを、
10だけ伝えてみる。
「ちょっと疲れてる」
「少し不安」
「今日は休みたい」
「実はあの言葉、少し傷ついた」
これくらいから始めます。
そして、
相手の反応を見る。
大丈夫だった。
受け止めてもらえた。
嫌われなかった。
そんな経験が、
少しずつ、
「弱さを見せても関係は壊れない」
という新しい学習になります。
「感情に名前をつける」練習
弱音を吐けない人の中には、
自分の感情そのものが、
わかりにくくなっている人もいます。
そこで、
一日の終わりに、
こう聞いてみてください。
「今日、私は何を感じていた?」
疲れた。
悲しかった。
悔しかった。
寂しかった。
怖かった。
腹が立った。
安心した。
嬉しかった。
まずは、
言葉にするだけ。
博士👨🏼🏫
「名前がつくと、心は少し扱いやすくなる。」
「出来事」と「感情」を分けて書いてみる
例えば、
出来事
上司から仕事を追加された。
感情
しんどい。
腹が立った。
断りたかった。
不安だった。
本当はどうしてほしかった?
「今は余裕がない」と言いたかった。
誰かに手伝ってほしかった。
この3つを書くだけでも、
「大丈夫」の下に隠れていた気持ちが、
見えやすくなります。
「自分のつらさを認める=弱くなる」ではない
自分のつらさを認めると、
もっとつらくなりそうで怖い。
だから、
見ない。
でも、
つらさを認めることは、
つらさを増やすことではありません。
むしろ、
今の自分の状態を、
正確に知ることです。
助手🧑🏼🎓
「車のガソリンメーターを見るみたいなものですか?」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
「残量が少ないと認めたからといって、ガソリンが減るわけではない。」
むしろ、
気づかず走り続ける方が、
危険です。
「つらい」と言えることは、自分を守る力
例えば、
「今日は無理です」
と言える。
「少し休みたいです」
と言える。
「その言い方は傷つきました」
と言える。
「今は一人では難しいです」
と言える。
「助けてください」
と言える。
これは、
弱さではありません。
自分の状態を把握し、自分を守るための力
でもあります。
弱音を吐けない人ほど「限界」を数値化してみる
自分のつらさに気づきにくい人は、
数字を使う方法もおすすめです。
今の疲れは、
0〜10なら何点?
不安は?
余裕は?
例えば、
疲労8。
不安7。
余裕2。
それでも、
「大丈夫」
と言っているなら、
少し考える必要があります。
博士👨🏼🏫
「数字は、“気のせい”で片づけにくくしてくれるからのう。」
「7を超えたら相談する」ルールを作る
自分の中で、
ルールを決めておく方法もあります。
例えば、
疲れが7以上なら、
誰かに話す。
不安が8以上なら、
一人で抱えない。
3日続けて気分が重ければ、
相談する。
自分で判断できないほどつらくなる前に、
相談する基準を先に決めておく
のです。
弱音を吐くときの「伝え方の公式」
弱音を伝えるのが苦手な方は、
次の形を使ってみてください。
① 今の状態
+
② 今の気持ち
+
③ してほしいこと
例えば、
「最近仕事が重なっていて、かなり疲れてるんだ。今日は少し話を聞いてもらえる?」
「今ちょっと不安で、一人で考えていると苦しくなるから、少し一緒にいてほしい」
「今日は余裕がなくて、家事をお願いしてもいい?」
これなら、
相手も、
何をすればいいかわかります。
「話して後悔した」ときは、相手選びを見直す
勇気を出して弱音を吐いた。
でも、
否定された。
「そんなことで?」
と言われた。
すると、
「やっぱり言わなければよかった」
と思います。
でも、
そこで、
「弱音を吐いた自分が悪かった」
と結論づけなくてもいいのです。
もしかすると、
その相手が、
受け止めるのが得意ではなかっただけかもしれません。
博士👨🏼🏫
「一つの鍵が合わなかったからといって、すべての扉が開かないわけではない。」
弱さを見せられる関係は、むしろ深くなることがある
いつも、
完璧な自分だけを見せる。
すると、
相手も、
「自分もちゃんとしなきゃ」
と思うかもしれません。
でも、
「実は私も不安になるよ」
「今日はちょっと落ち込んでる」
と伝える。
すると、
相手も、
「実は私も……」
と話してくれることがあります。
弱さは、
関係を壊すものではなく、
ときには、
人と人の間に橋を架けるもの
でもあります。
「強い人」から「戻ってこられる人」へ
本当の強さとは、
何でしょう?
何があっても泣かないこと?
弱音を吐かないこと?
一人で解決すること?
そうではなく、
落ち込んでも、
戻ってこられる。
困ったら、
助けを求められる。
疲れたら、
休める。
傷ついたら、
「傷ついた」
と言える。
博士👨🏼🏫
「折れない木だけが強いわけではない。」
「風にしなり、また戻れる木も強いんじゃ。」
弱音を吐けないときの「3つの質問」
「大丈夫」
と言いそうになったら、
次の3つを自分に問いかけてみてください。
① 本当に大丈夫?それとも「大丈夫でいなければ」と思っている?
まず、
事実と役割を分けます。
② 弱音を吐いたら、何が起きそうで怖い?
嫌われる?
迷惑だと思われる?
弱いと思われる?
がっかりされる?
自分でもつらさを認めてしまいそう?
ここに、
弱音を吐けない理由が隠れているかもしれません。
③ 大切な人が同じ状態なら「まだ頑張れ」と言う?
大切な友人が、
疲れ切っている。
それでも、
「大丈夫」
と言っている。
あなたなら、
何と言うでしょう?
おそらく、
「もう十分頑張ったよ」
「少し休んでいいよ」
「話してもいいよ」
と言うかもしれません。
その言葉を、
自分にも、
少しだけ向けてみてください。
「大丈夫じゃない」と言える場所を一つ持つ
すべての人に、
弱音を吐ける必要はありません。
たった一人でもいい。
家族。
友人。
パートナー。
信頼できる同僚。
支援者。
専門家。
あるいは、
最初は、
ノートでも構いません。
「ここでは、大丈夫なふりをしなくていい」
という場所を、
一つ持つ。
それだけでも、
心の負担は変わります。
「弱い自分」ではなく「人間の自分」
私たちは、
疲れます。
傷つきます。
怖くなります。
寂しくなります。
失敗します。
泣くこともあります。
それは、
弱い人だからではありません。
人間だからです。
助手🧑🏼🎓
「博士、弱さをなくす必要はないんですね。」
博士👨🏼🏫
「なくそうとしなくていい。」
「弱さも含めて扱えるようになる方が大切じゃ。」
まとめ:「大丈夫」と言わなくても、大切にされていい
弱音を吐けない人は、
もしかすると、
これまで、
強くいることで、
自分を守ってきた人なのかもしれません。
泣かない。
困らせない。
頼らない。
弱さを見せない。
笑っている。
「大丈夫」と言う。
そうすることで、
人間関係を守ってきた。
自分の居場所を守ってきた。
傷つかないようにしてきた。
だから、
その「大丈夫」を、
無理に捨てなくても構いません。
まず、
気づけばいいのです。
「この“大丈夫”は、本当の大丈夫かな?」
助手🧑🏼🎓
「博士。」
「僕、“大丈夫”って言えることが強さだと思っていました。」
博士👨🏼🏫
「それも強さの一つかもしれん。」
「じゃが、“今日は大丈夫じゃない”と言えることも、同じくらい強いんじゃよ。」
強さとは、
何も感じないことではありません。
つらさを、
つらいと認められる。
苦しいときに、
苦しいと言える。
助けが必要なときに、
助けを求められる。
そして、
誰かの前で、
鎧を少しだけ脱げる。
それもまた、
心の強さです。
ずっと、
強い人でいなくてもいい。
ずっと、
笑っていなくてもいい。
ずっと、
一人で耐えなくてもいい。
そして、
誰かに、
「大丈夫?」
と聞かれたとき。
いつものように、
反射的に、
「大丈夫」
と言う前に、
ほんの3秒、
自分の心に聞いてみてください。
「本当は、どう?」
もし、
心の奥から、
小さく、
「ちょっとつらい」
という声が聞こえたなら、
その声を、
今度は消さなくてもいい。
「実は、ちょっとつらいんだ。」
その一言から、
誰かと支え合う関係が、
始まることもあるのです。
あなたは、
強いあなたでなくても、
大切にされていい。
役に立つあなたでなくても、
誰かのそばにいていい。
笑っていないあなたにも、
居場所があっていい。
「大丈夫な自分」だけではなく、「大丈夫じゃない自分」にも居場所を作る。
それが、
本当の意味で、
自分を大切にすることなのかもしれません。
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次へのステップ:「頑張りすぎる人」は、なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか?
ここまで読んで、
「確かに、弱音を吐くくらいなら頑張ってしまう」
「限界になっても、もう少しだけと思ってしまう」
という方もいるかもしれません。
弱音を吐けない人の中には、
休むことそのものが苦手
な人もいます。
休日なのに、
何かしていないと落ち着かない。
ソファで休んでいると、
「こんなことしていていいのかな」
と思う。
仕事を早く終えると、
「もっとできたのでは?」
と感じる。
体調が悪くても、
「この程度で休むのは甘え」
と思う。
そして、
頑張れば頑張るほど、
周囲から、
「すごいね」
「頑張り屋だね」
と評価される。
すると、
いつの間にか、
「頑張っている自分=価値のある自分」
になっていくことがあります。
では、
なぜ私たちは、
休むことに罪悪感を覚えるのでしょうか?
なぜ、
何もしない時間が怖くなるのでしょう?
そして、
頑張る力を失わずに、
きちんと休める人になるには、
どうしたらいいのでしょうか?
次の記事では、
頑張りすぎる人の心理 〜なぜ休むことに罪悪感を覚えるのか?〜
をテーマに、
「努力」
「休息」
「自己価値」
の関係を、
さらに深く掘り下げていきます。
頑張ることをやめるのではなく、頑張り続けなくても大丈夫な自分になる。
博士と助手と一緒に、
その心の仕組みを見ていきましょう。
● この記事の著者:設楽貴之
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