2026.08.31
自分を責めてしまう人の心理 〜なぜ何でも「自分が悪い」と思ってしまうのか?〜
「私が悪かったのかもしれない」
「もっとちゃんとしていれば、こんなことにはならなかった」
「相手が怒っているのは、私のせいかもしれない」
「断ったら悪い気がする」
「失敗すると、ずっと自分を責めてしまう」
そんなふうに、
何か問題が起きたとき、
反射的に、
「自分が悪い」
と考えてしまうことはありませんか?
例えば、
職場で誰かの機嫌が悪い。
すると、
「私、何かしたかな?」
と考える。
友人から返信が来ない。
すると、
「変なことを言ったかもしれない」
と不安になる。
家族が疲れている。
すると、
「もっと私が気を利かせればよかった」
と思う。
仕事でミスをした。
すると、
「確認不足だった」
ではなく、
「私は本当にダメだ」
と自分全体を責める。
そして、
「そんなに自分を責めなくてもいいよ」
と言われても、
なぜか、
責めるのをやめられない。
前回の記事では、
「自分を好きになれない人の心理」
についてお話ししました。
そこで、
自分を責める内側の声には、
もともと、
自分を守ろうとする目的が隠れていることがある
とお伝えしました。
では今回は、
さらに具体的に、
なぜ私たちは、
何かあると反射的に、
「私が悪い」
と思ってしまうのか。
そして、
反省と自己否定をどう分けていけばいいのか。
心理学の物知り博士👨🏼🏫と助手🧑🏼🎓と一緒に、
じっくり紐解いていきましょう。
結論:「自分が悪い」と考えることは、自分を守るための“コントロール方法”だった
助手🧑🏼🎓
「博士、僕、ちょっと不思議なんです。」
博士👨🏼🏫
「なんじゃ?」
助手🧑🏼🎓
「誰かが不機嫌だと、すぐ“僕が何かしたかな”って思うんです。」
博士👨🏼🏫
「ほう。」
助手🧑🏼🎓
「別に何もしていない可能性もあるのに。」
博士👨🏼🏫
「では、なぜ“自分のせい”と考えた方が心は楽になることがあると思う?」
助手🧑🏼🎓
「楽……ですか?」
博士👨🏼🏫
「一見苦しいがな。」
例えば、
誰かの機嫌が悪い。
理由がわからない。
これは、
少し不安です。
でも、
「私が悪かったんだ」
と考えると、
原因が決まります。
原因が自分なら、
「もっと気をつけよう」
「謝ろう」
「次は失敗しないようにしよう」
と、
何か対策ができる。
助手🧑🏼🎓
「つまり、“自分のせい”にすると、原因をコントロールできる感じがするんですね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
“私が悪い”と考えることは、ときに“不確実さより、自己責任の方がまだ扱いやすい”という心の選択でもあるんじゃ。
これは、
自分を責める人の心理を理解するとき、
とても大切な視点です。
【セルフチェック】あなたは「何でも自分のせい」にしていませんか?

次の項目に当てはまるものがあるか確認してみてください。
□ 誰かが不機嫌だと「私のせい?」と思う
□ LINEの返信が遅いと「何か悪いことを言ったかな」と考える
□ 人から断られると、自分に問題があるように感じる
□ 人間関係が悪くなると、自分の言動ばかり振り返る
□ 仕事でミスをすると、必要以上に長く引きずる
□ 人に迷惑をかけると強い罪悪感がある
□ 「私がもっと気をつけていれば」とよく思う
□ 他人の問題まで自分が解決しなければと思うことがある
□ 頼みを断ると「悪いことをした」気持ちになる
□ 相手の感情に責任を感じやすい
□ 誰かが傷つくくらいなら、自分が我慢した方がいいと思う
□ 人から注意されると、自分全体を否定されたように感じる
□ 「私は迷惑な人間かもしれない」と考えることがある
□ 謝る必要がない場面でも、つい「すみません」と言う
□ 自分の希望を優先すると罪悪感が出る
□ 「もっと私が頑張ればよかった」と考えることが多い
助手🧑🏼🎓
「博士……。」
「僕、人生のトラブル対応窓口を一人でやっているみたいです。」
博士👨🏼🏫
「しかも営業時間24時間じゃな。」
助手🧑🏼🎓
「ブラック企業ですね。」
博士👨🏼🏫
「そろそろ業務分担を考えてもよさそうじゃ。」
※このチェックは診断ではありません。自分の考え方の傾向に気づくための目安としてお使いください。
「自分が悪い」と考える人は、責任感が強いことも多い
自分を責めやすい人というと、
「ネガティブな人」
「自信がない人」
という印象を持つかもしれません。
でも、
実際には、
責任感が強い人
にもよく見られます。
何か問題が起きた。
「自分にできることはなかったか?」
と考える。
人間関係が悪くなった。
「自分の言い方は大丈夫だったか?」
と振り返る。
これは、
本来とても大切な姿勢です。
博士👨🏼🏫
「反省できる力そのものは、悪くない。」
助手🧑🏼🎓
「じゃあ、何が問題なんですか?」
博士👨🏼🏫
「“自分の責任を考えること”と、“全部自分の責任にすること”が混ざることじゃ。」
ここが重要です。
責任を持つこと
と、
責任を背負いすぎること
は違います。
「反省」と「自己否定」は違う
例えば、
仕事でミスをしたとします。
反省は、
「確認が足りなかった」
「次はチェックリストを使おう」
です。
一方、
自己否定は、
「私は本当にダメだ」
「こんなミスをするなんて価値がない」
です。
助手🧑🏼🎓
「前者は行動を見ていて、後者は自分全体を責めていますね。」
博士👨🏼🏫
「その通りじゃ。」
反省は、
未来へ向いています。
「次はどうする?」
と考える。
自己否定は、
自分へ向かいます。
「私はダメだ」
と結論づける。
博士👨🏼🏫
「反省には改善がある。」
「自己否定には、罰だけが残ることがあるんじゃ。」
なぜ「私が悪い」と考える癖が身につくのか?
原因は一つではありません。
家庭環境。
学校。
人間関係。
職場。
さまざまな経験が関係します。
例えば子どもの頃、
家の空気が悪くなると、
「自分がいい子にすれば大丈夫」
と考えていた。
親の機嫌が悪いと、
「怒らせないようにしよう」
と行動していた。
家族が揉めると、
間に入って空気を和らげていた。
すると、
少しずつ、
「周囲の状態は自分の行動次第で変えられる」
という学習が生まれることがあります。
もちろん、
子どもには、
本当は大人の感情を管理する責任はありません。
でも、
子どもはそんなふうには考えません。
「自分がうまくやれば、みんな仲良くなる」
「自分が我慢すれば、怒られない」
「自分がちゃんとすれば、問題は起きない」
そう学ぶことがあります。
「私が悪い」と考えると、世界が少しわかりやすくなる
博士👨🏼🏫
「助手くん。」
「嵐がなぜ起きたかわからない世界と、“自分が傘を持ってこなかったから濡れた”世界なら、どちらがコントロールしやすい?」
助手🧑🏼🎓
「後者です。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
人間は、
理由がわからない状態を不安に感じることがあります。
例えば、
相手が突然冷たくなった。
なぜかわからない。
それより、
「私の言い方が悪かった」
と思う方が、
理由がはっきりします。
もちろん、
その解釈が正しいとは限りません。
でも、
理由がある方が、心は安心することがある。
だから、
「私が悪い」
という結論は、
苦しいけれど、
ある意味では、
世界をわかりやすくするための答えでもあるのです。
「自分のせい」にすれば、次は失敗しないと思える
例えば、
恋人との関係がうまくいかなかった。
理由は、
相性。
タイミング。
相手の事情。
価値観。
いろいろあるかもしれません。
でも、
「私がもっと魅力的ならうまくいった」
と思えば、
次は、
もっと努力すればいい。
もっと痩せる。
もっと気を遣う。
もっと優しくなる。
すると、
「次は防げる」
という感覚が持てます。
助手🧑🏼🎓
「でも博士、それって永遠に自分を直し続けることになりませんか?」
博士👨🏼🏫
「そこが苦しくなるところじゃ。」
「全部自分の責任」は、実は世界を自分中心に見すぎていることもある
少し意外に聞こえるかもしれません。
何でも自分のせいにする人は、
自分を低く評価しています。
でも同時に、
「自分が周囲に与える影響を大きく見積もりすぎている」
こともあります。
例えば、
相手が不機嫌。
↓
私のせい。
上司が怖い顔。
↓
私の仕事のせい。
友達が返信しない。
↓
私が何かした。
でも、
相手には相手の人生があります。
疲れているかもしれない。
仕事で問題があったかもしれない。
家庭で何か起きたかもしれない。
単にスマホを見ていないだけかもしれない。
助手🧑🏼🎓
「つまり、僕は世界の天気まで自分の責任にしていたんですね。」
博士👨🏼🏫
「助手くんにそこまでの権力はないから安心しなさい。」
「相手の感情」と「自分の責任」を分ける
これは、
自分を責めやすい人にとって、
非常に重要です。
例えば、
あなたが頼みを断った。
相手が残念そうな顔をした。
このとき、
あなたには、
丁寧に断る責任があります。
必要なら、
理由を説明する責任もあるかもしれません。
でも、
相手が残念に感じることまで、あなたが全部引き受ける必要はありません。
博士👨🏼🏫
「相手の感情は、相手の領域でもあるんじゃ。」
助手🧑🏼🎓
「じゃあ、相手が悲しんだら放っておけばいいんですか?」
博士👨🏼🏫
「極端じゃのう。」
相手を思いやることはできます。
でも、
相手の感情をゼロにすることを、自分の義務にしなくてもいい
ということです。
「責任の境界線」が曖昧だと、自分を責めやすくなる
例えば、
家族が疲れている。
「私が元気にしなきゃ」
友人が落ち込んでいる。
「私が何とかしてあげなきゃ」
上司が不機嫌。
「機嫌を良くしなきゃ」
パートナーが怒っている。
「私が全部謝らなきゃ」
このように、
他人の感情や問題まで、
自分の責任に入れてしまうことがあります。
博士👨🏼🏫
「他人の荷物まで全部、自分のリュックに詰めているようなものじゃ。」
助手🧑🏼🎓
「重くて当然ですね。」
博士👨🏼🏫
「まず、どれが自分の荷物かを確認する必要がある。」
「すみません」が口癖になっていないか?
自分を責めやすい人は、
必要以上に、
「すみません」
と言うことがあります。
人に道を聞く。
「すみません」
お願いする。
「すみません」
助けてもらう。
「すみません」
予定を変える。
「すみません」
もちろん、
謝罪として必要な場面もあります。
でも、
場合によっては、
自分が存在することそのものに謝っているような使い方
になっていることもあります。
例えば、
助けてもらったなら、
「すみません」
ではなく、
「ありがとうございます」
に変えられる場面もあります。
助手🧑🏼🎓
「“申し訳ない存在”じゃなくて、“助けてもらった人”になるんですね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
自分を責める人ほど「過去を何度も再裁判」する
「あのとき、あんなこと言わなければよかった」
「もっと違う対応ができた」
「どうしてあんな選択をしたんだろう」
過去の出来事を、
何度も思い返す。
そして、
現在の自分の知識で、
過去の自分を裁く。
助手🧑🏼🎓
「博士、僕の脳内裁判所、同じ事件を何回も扱っています。」
博士👨🏼🏫
「一事不再理を導入した方がよさそうじゃな。」
もちろん、
振り返ることは大切です。
でも、
同じ出来事を何度考えても、
新しい学びが増えていないなら、
それは反省ではなく、
自己処罰
になっている可能性があります。
「あのときの自分」は、今の自分と同じ情報を持っていなかった
過去を振り返ると、
「どうしてあんな判断をしたんだろう」
と思うことがあります。
でも、
そのときの自分は、
今と同じ情報を持っていたでしょうか?
今と同じ経験があったでしょうか?
今と同じ心の余裕があったでしょうか?
博士👨🏼🏫
「今日の答えを知っている自分が、昨日の問題を解いている自分を責めても仕方ないじゃろう?」
助手🧑🏼🎓
「答え合わせをした後なら、何でも簡単に見えますもんね。」
だから、
過去を振り返るときは、
「なぜあんなことをした?」
だけでなく、
「あのときの私には、何が見えていた?」
と考えてみる。
この視点が、
自己攻撃から自己理解へ移る助けになります。
自分を責める人は「反省すれば許される」と学習していることもある
子どもの頃、
失敗した。
怒られた。
反省した。
すると、
許してもらえた。
そうした経験が重なると、
心の中で、
「失敗したら、自分を責めなければならない」
というルールができることがあります。
だから、
何か失敗すると、
まず自分を責める。
「こんなに反省しているんだから、もう許して」
というように、
自分自身へ罰を与える。
博士👨🏼🏫
「しかし、反省の深さと、自分を傷つける強さは別物じゃ。」
「自分を責めないと、成長できなくなる」は本当?
助手🧑🏼🎓
「博士、でも自分を責めなくなったら、反省しなくなりませんか?」
博士👨🏼🏫
「よくある心配じゃ。」
例えば、
テストで50点だった。
A:
「私はバカだ」
「本当にダメ」
「もっと頑張らなきゃ」
と自分を責める。
B:
「今回は50点だった」
「どこで間違えた?」
「次はこの部分を復習しよう」
と考える。
どちらが、
改善につながりやすいでしょう?
助手🧑🏼🎓
「Bですね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
改善に必要なのは、自己攻撃ではなく情報なんじゃ。
自分を責めなくても、
反省できます。
むしろ、
強く責めすぎると、
失敗を見るのが怖くなり、
振り返ること自体を避ける場合もあります。
「私は悪い」から「私にできることは何?」へ変える
これは、
非常に使いやすい質問です。
問題が起きたとき、
自動的に、
「私が悪い?」
と考える代わりに、
「この中で、私にできることは何?」
と聞いてみます。
例えば、
仕事でミスが起きた。
「私が悪い」
ではなく、
「私に改善できる部分はどこ?」
人間関係で行き違いが起きた。
「全部私が悪い」
ではなく、
「私が謝るべき部分は何?」
「相手の責任は何?」
「お互いのすれ違いは何?」
こうすると、
罪悪感ではなく、
責任
を扱えるようになります。
責任は「100か0か」ではない
人間関係の問題は、
誰か一人が100%悪い、
というケースばかりではありません。
例えば、
あなたの言い方が少し強かった。
相手も疲れていた。
お互いに誤解があった。
タイミングも悪かった。
つまり、
複数の要因が重なっています。
博士👨🏼🏫
「責任をケーキに例えるならな。」
助手🧑🏼🎓
「またケーキですか。」
博士👨🏼🏫
「問題というケーキを、全部自分の皿に載せる必要はない。」
「自分の一切れだけ取ればいいんじゃ。」
助手🧑🏼🎓
「残りは?」
博士👨🏼🏫
「相手や状況の分じゃ。」
今日からできる「責任を分ける3つの円ワーク」
紙を用意してください。
そして、
3つの円を描きます。
① 私がコントロールできること
例えば、
自分の言葉。
自分の行動。
謝ること。
次回の対策。
境界線を伝えること。
② 相手がコントロールすること
相手がどう感じるか。
相手がどう返事するか。
相手が自分を好きか嫌いか。
相手が変わるかどうか。
③ 誰にも完全にはコントロールできないこと
タイミング。
偶然。
天候。
社会状況。
過去に起きたこと。
この3つに、
今悩んでいることを分けてみます。
助手🧑🏼🎓
「博士、僕、②と③まで①に入れていました。」
博士👨🏼🏫
「それでは心が残業になるのも無理はない。」
「自分が悪い」と感じたときの5ステップ
ここからは、
日常で使いやすい方法をご紹介します。
ステップ① まず「事実」を書く
例えば、
「友人から返信が来ない」
これが事実です。
「嫌われた」
は解釈。
「私が悪い」
も解釈です。
まず、
事実だけを書きます。
ステップ② 「私は何を想像している?」と確認する
次に、
自分がどんなストーリーを作っているか見ます。
「私の言い方が悪かった」
「嫌われた」
「怒っている」
など。
そして、
「これは事実?それとも予測?」
と確認します。
ステップ③ 「自分の責任は何%?」と考える
少しゲーム感覚で構いません。
自分の責任:
30%
相手の事情:
40%
タイミング:
30%
もちろん、
正確な数字でなくて構いません。
目的は、
“全部自分”から離れること
です。
ステップ④ 自分ができることだけを選ぶ
例えば、
言い方が悪かったと思うなら、
謝る。
誤解があるなら、
説明する。
ミスをしたなら、
修正する。
でも、
相手が許すかどうか。
どう評価するか。
すぐ返信するか。
そこまでは、
自分では決められません。
博士👨🏼🏫
「自分の仕事をして、相手の仕事まで奪わないことじゃ。」
ステップ⑤ 最後に「ここから何を学べる?」と聞く
自己責任を、
自己攻撃で終わらせず、
学びに変えます。
「次は確認しよう」
「疲れているときには、大事な話を急がないようにしよう」
「嫌なことは早めに伝えよう」
「一人で抱え込まず相談しよう」
こうすると、
「私はダメ」
ではなく、
「私は学べる」
に変わります。
「罪悪感」と「責任」は同じではない
罪悪感は、
「悪いことをしたかもしれない」
と感じる感情です。
それ自体は、
人間関係を大切にするうえで役立つこともあります。
でも、
罪悪感を感じているからといって、
本当に自分が悪いとは限りません。
例えば、
誘いを断った。
罪悪感がある。
でも、
断ること自体は悪いことではありません。
休んだ。
罪悪感がある。
でも、
休息は必要です。
自分の希望を伝えた。
罪悪感がある。
でも、
希望を持つことは悪くありません。
博士👨🏼🏫
「感情は“情報”ではあるが、“判決”ではないんじゃ。」
助手🧑🏼🎓
「罪悪感がある=有罪、じゃないんですね。」
博士👨🏼🏫
「そういうことじゃ。」
自分の希望を優先すると「誰かを傷つける」と思っていないか?
自分を責めやすい人は、
自分を優先することに、
強い罪悪感を覚える場合があります。
自分が断る
=相手を困らせる
自分が休む
=誰かに負担をかける
自分が意見を言う
=誰かを傷つける
だから、
自分を抑える。
でも、
人間関係では、
自分も相手も、
両方存在しています。
助手🧑🏼🎓
「僕だけ存在感を消していたんですね。」
博士👨🏼🏫
「透明人間になる必要はないんじゃよ。」
「優しい人」と「自分を犠牲にする人」は同じではない
相手を大切にする。
相手の気持ちを考える。
とても素敵なことです。
でも、
そのために、
いつも自分だけが我慢する。
それは、
優しさというより、
自己犠牲
になっているかもしれません。
博士👨🏼🏫
「優しさは、自分を消すことではない。」
「自分も相手も、人間として一人ずつ数えることじゃ。」
「私が悪い」を「私は何を引き受ける?」に変える
この問いは、
ぜひ覚えておいてください。
「私は悪い?」
という質問は、
自分を裁く質問です。
一方、
「私は何を引き受ける?」
という質問は、
責任を考える質問です。
例えば、
自分が失礼な言い方をした。
↓
謝る責任は引き受ける。
でも、
相手が一生怒り続けることまで、
自分が背負う必要はありません。
仕事でミスをした。
↓
修正する。
報告する。
再発防止を考える。
でも、
「私は価値のない人間だ」
まで引き受ける必要はありません。
自分を責めるクセをゆるめる「3つの質問」
自分責めが始まったら、
次の3つを使ってみてください。
① 本当に「全部」私の責任?
自分の責任。
相手の責任。
状況の影響。
偶然。
それぞれ分けてみます。
② 私が改善できるのは具体的にどこ?
「自分全部」
ではなく、
行動に戻します。
言い方?
確認不足?
準備?
タイミング?
具体的にします。
③ 大切な人が同じことで自分を責めていたら、何と言う?
もし親友が、
「全部私が悪い」
と言っていたら、
あなたは何と言うでしょう?
おそらく、
「全部あなたのせいじゃないよ」
「あなたにも直すところはあるかもしれないけど、それだけじゃない」
と言うかもしれません。
その視点を、
自分にも少し向けてみます。
「自分を責めない」とは、自分を無罪にすることではない
ここは、
誤解しないでほしいところです。
自分を責めないことは、
「私は何も悪くない」
と何でも正当化することではありません。
自分に責任があるなら、
認める。
謝る。
改善する。
でも、
必要以上に自分を罰し続けない。
これが大切です。
助手🧑🏼🎓
「反省はする。でも、自分を地面に埋めない。」
博士👨🏼🏫
「そのくらいでよい。」
「自分を責める声」にも、役割があったのかもしれない
前回の記事でもお伝えしましたが、
自分を責める声は、
あなたを苦しめるためだけに存在しているとは限りません。
「もっと気をつけろ」
という声は、
失敗を防ごうとしている。
「迷惑をかけるな」
という声は、
人との関係を守ろうとしている。
「自分が悪い」
と考えることで、
次に同じことが起きないようにしようとしている。
博士👨🏼🏫
「その声に、“もう黙れ!”と言う前に、少し話を聞いてみてもいい。」
助手🧑🏼🎓
「何を聞くんですか?」
博士👨🏼🏫
「何から私を守ろうとしているの?」
そして、
その目的がわかったら、
こう聞きます。
「今は、もっと優しい守り方はない?」
自分を責める代わりに「修復する」
ここに、
大きな違いがあります。
失敗したとき、
自分を責める。
ではなく、
修復する。
誰かを傷つけた。
↓
謝る。
仕事でミスした。
↓
直す。
約束を忘れた。
↓
次回の工夫をする。
自分を追い詰めた。
↓
休む。
自分の気持ちを無視した。
↓
次は一度立ち止まる。
博士👨🏼🏫
「罰より、修復じゃ。」
これは、
人間関係にも、
自分との関係にも、
とても役立つ考え方です。
「私は悪い」ではなく「何が起きた?」へ戻る
自分を責める人は、
問題が起きると、
すぐ自分へ戻ります。
「私が悪い」
「私がダメ」
でも、
その前に、
「何が起きた?」
へ戻ってみてください。
事実。
状況。
相手。
自分。
タイミング。
複数の要因を見る。
すると、
世界は、
「私が全部悪い」
より、
少し複雑で、
少し公平に見えるようになります。
自分への責任感は「自分を責めること」ではなく「自分を助けること」
本当の意味で、
自分に責任を持つとは、
自分を罰することではありません。
自分の行動を見て、
必要なら修正する。
自分の気持ちを見て、
必要なら休ませる。
誰かを傷つけたなら、
関係を修復する。
傷ついた自分がいたら、
そのケアもする。
博士👨🏼🏫
「自分という人間の責任者になるなら、部下を毎日怒鳴るだけでは務まらんじゃろう?」
助手🧑🏼🎓
「ちゃんと守る責任もありますね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
まとめ:「自分が悪い」と思う前に、自分の責任の範囲を確かめてみる
何か問題が起きたとき、
「私が悪い」
と反射的に考えてしまう。
その習慣は、
もしかすると、
これまであなたが、
周囲との関係を守るために身につけてきたものかもしれません。
自分が悪いと思えば、
理由が見つかる。
もっと頑張れば、
次は防げる。
自分が変われば、
周囲も変わるかもしれない。
そうやって、
不確実な世界を、
自分の努力で何とかしようとしてきたのかもしれません。
でも、
すべての問題が、
あなた一人の責任ではありません。
人間関係には、
相手がいます。
状況があります。
タイミングがあります。
偶然もあります。
だから、
これからは、
「私が悪い?」
と聞く前に、
こう問いかけてみてください。
「この中で、私が引き受ける責任はどこまでだろう?」
自分の責任があるなら、
引き受ける。
謝る。
改善する。
学ぶ。
でも、
そこから先まで、
自分を罰する必要はありません。
助手🧑🏼🎓
「博士。」
「自分を責めなくても、責任は取れるんですね。」
博士👨🏼🏫
「むしろ、その方が責任を取りやすいこともある。」
助手🧑🏼🎓
「どうしてですか?」
博士👨🏼🏫
「自分を責めることにエネルギーを全部使わず、修復に使えるからじゃ。」
失敗したら、
責めるのではなく、
直す。
傷つけたら、
罰するのではなく、
謝る。
間違えたら、
自己否定するのではなく、
学ぶ。
「自分を責める人生」から、「自分と一緒に修復していく人生」へ。
その小さな変化が、
あなた自身との関係を、
少しずつ楽なものにしていくのかもしれません。
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次へのステップ:「罪悪感が強い人」はなぜ自分を許せないのか?
ここまで読んで、
「自分を責める癖には気づいた」
「でも、責めるのをやめようとすると、今度は罪悪感が出てくる」
という方もいるかもしれません。
例えば、
誘いを断っただけなのに、
申し訳ない。
休んだだけなのに、
悪いことをした気がする。
自分の希望を優先しただけなのに、
誰かを傷つけたような気がする。
過去の失敗を思い出すたび、
「私は許されてはいけない」
という気持ちになる。
では、
この「罪悪感」は、
いったい何なのでしょうか?
なぜ、
実際には悪いことをしていない場面でも、
罪悪感が出てくることがあるのでしょう?
そして、
必要な反省と、
自分を縛り続ける罪悪感を、
どう見分ければいいのでしょうか?
次の記事では、
罪悪感が強い人の心理 〜なぜ「自分だけ幸せになってはいけない」と感じるのか?〜
をテーマに、
自分責めのさらに奥にある、
罪悪感と自己犠牲の心理
について、
博士と助手と一緒に掘り下げていきます。
「申し訳ないから我慢する」
ではなく、
自分も相手も大切にできる関係へ。
次は、そのための心の仕組みを見ていきましょう。
● この記事の著者:設楽貴之
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