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ブログ

2026.09.14

自己犠牲してしまう人の心理 〜なぜいつも「自分より他人」を優先してしまうのか?〜

「自分が我慢すればいい」

「私より、あの人の方が大変だから」

「頼まれたら断れない」

「本当は疲れているけど、助けてあげたい」

「自分のことより、周りを優先した方が落ち着く」

そんなふうに、

気づけばいつも、

自分より他人を優先してしまう

ことはありませんか?

例えば、

仕事で手いっぱいなのに、

同僚から頼まれると引き受ける。

家では、

自分も疲れているのに、

家族のことを先にする。

友人から相談されると、

予定を変えてでも話を聞く。

恋人に合わせて、

自分の希望を引っ込める。

そして、

「無理してない?」

と聞かれると、

つい、

「大丈夫」

と答える。

本当は、

大丈夫ではないのに。

前回の記事では、

「罪悪感が強い人の心理」

についてお話ししました。

そこで、

自分を優先すると、

「わがままかもしれない」

「誰かを傷つけるかもしれない」

と感じてしまう心理や、

「自分だけ幸せになってはいけない」

という心のブレーキについてお伝えしました。

では今回は、

その罪悪感が、

実際の人間関係の中で、

どのように、

自己犠牲

へつながっていくのか。

なぜ、

「自分も大切にした方がいい」

と頭ではわかっているのに、

気づけばまた、

他人を優先してしまうのか。

そして、

人への優しさを失わずに、

自分も同じように大切にできるようになるにはどうしたらいいのか。

心理学の物知り博士👨🏼‍🏫と助手🧑🏼‍🎓と一緒に、

じっくり紐解いていきましょう。

結論:自己犠牲してしまう人は「他人を優先したい人」なのではなく、“自分を後回しにすると関係が安全になる”と学んできた

助手🧑🏼‍🎓

「博士、自己犠牲って、優しい人ほどしやすいんですか?」

博士👨🏼‍🏫

「そう見えることは多いのう。」

助手🧑🏼‍🎓

「じゃあ、自己犠牲するのは、やっぱり優しさなんでしょうか?」

博士👨🏼‍🏫

「そこは分けて考えた方がよい。」

例えば、

誰かが困っている。

助ける。

これは優しさです。

でも、

毎回、

自分が疲れていても助ける。

嫌でも引き受ける。

断ると罪悪感が出る。

自分の希望を言えない。

それでも、

「相手が喜ぶならいい」

と思い続ける。

これは、

優しさだけではなく、

「自分を後回しにすることで関係を守る」

というパターンになっていることがあります。

助手🧑🏼‍🎓

「優しさと自己犠牲は、似てるけど同じじゃないんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

優しさは“選べる”。

自己犠牲は“選べない”。

ここが大きな違いです。

【セルフチェック】あなたは「自己犠牲するクセ」がありませんか?

次の項目を読んで、

当てはまるものがあるか確認してみてください。

□ 頼まれると、断るのが苦手

□ 自分が疲れていても、人を優先しやすい

□ 「私がやった方が早い」と引き受けてしまう

□ 相手に嫌な思いをさせるくらいなら、自分が我慢した方がいいと思う

□ 自分の希望を言うことに罪悪感がある

□ 人に迷惑をかけることがとても苦手

□ 誰かが困っていると放っておけない

□ 人に頼るより、自分が頑張る方が楽

□ 「大丈夫?」と聞かれると反射的に「大丈夫」と言う

□ 自分の予定より、相手の予定を優先しやすい

□ 人に感謝されると安心する

□ 必要とされると嬉しい反面、断れなくなる

□ 「役に立たない自分」に価値がないように感じる

□ 人の相談には乗るのに、自分の悩みは話せない

□ 自分の感情より、相手の気持ちを優先する

□ 気づいたときには疲れ切っていることがある

□ 「どうして私ばかり」と思うのに、また引き受けてしまう

□ 誰にも頼らず頑張ることが当たり前になっている

助手🧑🏼‍🎓

「博士……。」

「僕、“人助け”だと思っていたら、かなりの確率で“自分後回し”でした。」

博士👨🏼‍🏫

「人助けが悪いわけではないぞ。」

「ただ、自分まで助ける人数に入れた方がよさそうじゃ。」

※このチェックは診断ではありません。自分の人間関係のパターンに気づくための目安としてお使いください。

自己犠牲と優しさの違い

自己犠牲する人は、

よく、

「優しい人」

と見られます。

確かに、

相手を気遣う。

手を差し伸べる。

譲る。

支える。

それ自体は、

優しさです。

でも、

優しさと自己犠牲には、

一つ大きな違いがあります。

それは、

自分の意思があるかどうか。

例えば、

今日は余裕がある。

だから、

友人の相談に乗る。

これは、

選んでいます。

でも、

本当は疲れている。

休みたい。

それでも、

「断ったら悪い」

と思って相談に乗る。

これは、

自分で選んでいるようで、

実際には、

罪悪感や不安に押されているかもしれません。

博士👨🏼‍🏫

「“できるからやる”と、“断れないからやる”は違うんじゃ。」

なぜ「自分より他人」を優先するようになるのか?

原因は、一つではありません。

家庭環境。

学校。

友人関係。

恋愛。

仕事。

さまざまな経験が影響します。

例えば、

子どもの頃、

親が忙しかった。

だから、

甘えるのを我慢した。

家の中が不安定だった。

だから、

空気を読んだ。

兄弟の面倒をよく見ていた。

だから、

「自分がしっかりしなきゃ」と思った。

人に迷惑をかけると、

強く注意された。

だから、

人の手を借りないようにした。

褒められるのは、

「よくお手伝いできたね」

「いい子だね」

と、

人の役に立ったときが多かった。

すると、

少しずつ、

こんな学習が生まれることがあります。

「人の役に立つ私は、価値がある」

「自分を後回しにすると、関係がうまくいく」

「我慢すると、嫌われない」

「必要とされること」が、自分の価値の証明になる

助手🧑🏼‍🎓

「博士、人から必要とされると嬉しいですよね?」

博士👨🏼‍🏫

「それは自然なことじゃ。」

誰だって、

「いてくれて助かった」

「あなたがいてよかった」

と言われたら嬉しい。

でも、

もし、

“必要とされていないと不安”

になっているなら、

話は少し変わります。

例えば、

頼まれる。

嬉しい。

助ける。

感謝される。

「自分には価値がある」と感じる。

すると、

助ける行為が、

単なる優しさではなく、

自分の価値を確認する方法

になることがあります。

「役に立たない私には価値がない」という隠れたビリーフ

自己犠牲する人の奥には、

こんな思い込みが隠れていることがあります。

「役に立たなければ、必要とされない」

「必要とされなければ、愛されない」

「愛されなければ、私は価値がない」

もちろん、

本人が意識しているとは限りません。

むしろ、

無意識に近いものです。

だから、

誰かが困っていると、

反射的に動く。

頼まれると、

断れない。

助けることで、

安心する。

助手🧑🏼‍🎓

「“人助け”と“自己価値”がつながってるんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そういう場合もあるんじゃ。」

自己犠牲する人は「与える側」でいる方が安心する

誰かを助ける。

相談に乗る。

支える。

世話をする。

これは、

ある意味、

自分が主導権を持てます。

一方で、

自分が助けてもらう。

頼る。

弱音を吐く。

お願いする。

こちらは、

相手に委ねる部分が増えます。

助手🧑🏼‍🎓

「助ける方が、コントロールしやすい?」

博士👨🏼‍🏫

「そう感じる人もいる。」

だから、

自己犠牲しやすい人は、

“与えること”には慣れているけれど、“受け取ること”に慣れていない

場合があります。

「助けてもらうと申し訳ない」と感じる

例えば、

誰かが、

「手伝おうか?」

と言ってくれた。

本当は助かる。

でも、

「大丈夫です」

と言ってしまう。

理由を聞くと、

「迷惑をかけたくない」

「相手も忙しいだろうから」

「自分のことくらい自分でやらないと」

となる。

すると、

自分はいつも与える側。

相手は受け取る側。

この関係が固定されます。

博士👨🏼‍🏫

「人間関係は、本来“循環”なんじゃ。」

「与えるだけでも、受け取るだけでも、どこかで詰まる。」

「私がいないと困る」が安心につながることもある

これは、

少し深いところです。

自己犠牲する人の中には、

“自分が必要とされなくなること”

を怖がる人もいます。

例えば、

職場で、

何でも自分が引き受ける。

家庭で、

自分がすべてやる。

友人関係でも、

自分が相談役。

すると、

周囲から、

「あなたがいないと困る」

と言われる。

その言葉が、

嬉しい。

安心する。

助手🧑🏼‍🎓

「必要とされている証拠だから?」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

でも、

ここには一つ落とし穴があります。

“必要とされること”と、“愛されること”は同じではありません。

「役割」でつながる関係は、役割を手放すのが怖くなる

例えば、

いつも助ける人。

いつも気を遣う人。

いつも場をまとめる人。

いつも愚痴を聞く人。

その役割で、

関係が成り立っていると感じる。

すると、

役割をやめた瞬間、

「私は必要なくなるのでは?」

という不安が出ます。

助手🧑🏼‍🎓

「だから、疲れても降りられないんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そういうこともある。」

「自分の希望」を言うことが怖い

自己犠牲する人は、

自分の希望を言うのが苦手です。

「私はこれが食べたい」

「今日は休みたい」

「それは嫌です」

「今回はできません」

「助けてほしい」

こうした言葉が、

とても重く感じる。

なぜなら、

心の中で、

自分の希望=相手への負担

になっていることがあるからです。

助手🧑🏼‍🎓

「自分の希望を言うだけで、“迷惑かも”って思うんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

でも、

人間関係とは、

本来、

相手の希望だけが存在する場所ではありません。

自分の希望も存在していい。

「自分の気持ちがわからない」につながることもある

長い間、

相手を優先していると、

少しずつ、

自分の感覚がわからなくなることがあります。

「何が食べたい?」

「何でもいいよ」

「どこへ行きたい?」

「そっちに合わせる」

「どうしたい?」

「別にない」

これが続くと、

本当に、

自分が何を望んでいるかわからなくなる

ことがあります。

博士👨🏼‍🏫

「コンパスをずっと他人に預けていると、自分の方向がわからなくなるんじゃ。」

なぜ自己犠牲すると、あとで怒りが出てくるのか?

自己犠牲する人は、

優しい。

我慢強い。

でも、

ときどき、

突然、

怒りが出ることがあります。

「どうして私ばっかり」

「誰も私のことを考えてくれない」

「私だって疲れてる」

「少しくらい察してよ」

助手🧑🏼‍🎓

「博士、我慢してたのに、急に怒りが出るのはなぜですか?」

博士👨🏼‍🏫

「“我慢していたから”じゃ。」

自己犠牲の裏には「わかってほしい」が隠れていることがある

例えば、

あなたは、

毎日家族のために頑張っている。

でも、

「ありがとう」

と言われない。

すると、

「これだけやってるのに」

という気持ちが出る。

でも、

最初は、

自分から引き受けた。

だから、

相手に文句を言いにくい。

その結果、

怒りを飲み込む。

さらに我慢する。

そして、

いつか、

爆発する。

博士👨🏼‍🏫

「自己犠牲には、“言葉にしなかった期待”が混ざることがある。」

「察してほしい」が増えると、人間関係が苦しくなる

自分がいつも、

人の気持ちを察している。

だから、

相手にも、

自分を察してほしい。

でも、

相手は、

あなたが我慢していることに、

気づいていないかもしれません。

なぜなら、

あなた自身が、

「大丈夫」

と言っているからです。

助手🧑🏼‍🎓

「“大丈夫”って言ってるのに、“なんで気づかないの?”って思うのは、ちょっと難問ですね。」

博士👨🏼‍🏫

「超能力を求めることになるからのう。」

「自己犠牲 → 感謝されない → 怒り → 自己嫌悪」のループ

自己犠牲が続くと、

こんな循環になることがあります。

人を優先する

我慢する

感謝されない

「どうして私ばかり」

怒る

「こんなことで怒る私は性格が悪い」

自分を責める

罪悪感が出る

また人を優先する

助手🧑🏼‍🎓

「ぐるぐるですね。」

博士👨🏼‍🏫

「しかも、入口が“優しさ”だから気づきにくい。」

「いい人」でいることが、自分を守ってきたのかもしれない

自己犠牲をやめようとすると、

不安になる人がいます。

「冷たい人になる気がする」

「嫌われそう」

「わがままになりそう」

なぜなら、

これまで、

“いい人でいること”が安全を作ってくれていた

からです。

人に合わせる。

助ける。

怒らない。

断らない。

我慢する。

すると、

揉めにくい。

嫌われにくい。

だから、

自己犠牲には、

人間関係を安全にする役割もあったのかもしれません。

「関係を守るために、自分を消す」必要はない

人間関係を守るために、

自分を小さくする。

これを続けると、

確かに、

表面的には揉めにくいかもしれません。

でも、

その関係に、

本当の自分がいない

という問題が起こります。

助手🧑🏼‍🎓

「関係は続いてるけど、“僕”が参加してないみたいですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そういうことじゃ。」

自分を大切にすると「関係が壊れる」と思っていないか?

例えば、

断る。

希望を伝える。

疲れたと言う。

助けてと言う。

嫌なことを嫌と言う。

こうしたことをすると、

関係が壊れる気がする。

でも、

もし、

あなたが自分を大切にしただけで壊れる関係なら、

そもそも、

あなたの自己犠牲によって保たれていた関係

なのかもしれません。

博士👨🏼‍🏫

「本当に安定した橋なら、一人が荷物を少し下ろしたくらいで崩れない。」

「助けること」と「背負うこと」を分ける

誰かが困っている。

助ける。

これは大切です。

でも、

相手の人生まで背負う必要はありません。

例えば、

友人が悩んでいる。

話を聞くことはできる。

でも、

問題を解決する責任まではない。

家族が大変。

できることを手伝う。

でも、

家族全員の感情まで整える責任はない。

職場で同僚が忙しい。

余裕があれば助ける。

でも、

自分が倒れるまで助ける必要はない。

博士👨🏼‍🏫

「ロープを投げることと、一緒に崖から落ちることは違う。」

「助けない=冷たい」ではない

自己犠牲する人は、

助けないことに、

罪悪感を感じます。

でも、

助けないことが、

必ずしも冷たさとは限りません。

例えば、

自分でできることまで、

全部やってあげる。

すると、

相手が自分でやる機会を失うこともあります。

助手🧑🏼‍🎓

「助けすぎることで、相手の力を奪うこともあるんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そういう場合もある。」

本当の支援は、

“相手の人生まで代わりに生きること”ではありません。

「どこまで助けるか」を決めていい

人を助けるとき、

0か100かで考えなくてもいいのです。

全部やる。

何もしない。

この二択ではありません。

例えば、

「30分なら話を聞けるよ」

「今日は無理だけど、明日ならできる」

「そこまではできないけど、ここなら手伝える」

「一緒に考えることはできる」

このように、

助ける範囲を決める

ことができます。

自己犠牲から抜け出す第一歩は「NO」ではなく「一度止まる」

「自己犠牲をやめるなら、断れるようにならなきゃ」

と思うかもしれません。

でも、

いきなり、

「NO!」

と言う必要はありません。

最初に練習したいのは、

即答しないこと。

助手🧑🏼‍🎓

「断るより簡単そうです。」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

例えば、

頼まれたら、

「ちょっと確認してから返事していい?」

「予定を見てから連絡するね」

「少し考えさせて」

と言う。

これだけで、

反射的に、

「いいよ」

と答えるパターンを止められます。

その場で使える「5秒の自己確認」

何か頼まれたら、

心の中で、

次の5つを確認してみてください。

① 本当はやりたい?

② 今、余裕はある?

③ 引き受けたら、あとで苦しくならない?

④ 断ったら「悪い」と思っているだけではない?

⑤ これは私がやるべきこと?それとも相手ができること?

助手🧑🏼‍🎓

「博士、これを確認したら、半分くらい“やらなくてもいいこと”かもしれません。」

博士👨🏼‍🏫

「それに気づけるだけでも大きい。」

今日からできる「自分も一人として数えるワーク」

自己犠牲する人に、

ぜひやってほしいワークです。

何かを決める場面で、

紙に、

次の3つを書きます。

① 相手は何を望んでいる?

例:

今日、会いたい。

② 私は何を望んでいる?

例:

今日は一人で休みたい。

③ 両方を大切にするとしたら、どんな選択がある?

例:

今日は断って、来週会う。

助手🧑🏼‍🎓

「いつも①だけで決めていた気がします。」

博士👨🏼‍🏫

「だから、これからは②も書くんじゃ。」

「自分の気持ち」を取り戻す小さな練習

自己犠牲が長い人は、

自分の希望そのものがわかりにくくなっていることがあります。

だから、

大きな決断より先に、

小さなことから始めます。

今日、

何を食べたい?

どの服を着たい?

今、

休みたい?

話したい?

一人になりたい?

どこに行きたい?

何をしたくない?

博士👨🏼‍🏫

「自分の声は、小さいところから取り戻すのがよい。」

「できません」ではなく「ここまでならできます」

断るのが難しい人は、

いきなり完全拒否を目指さなくても構いません。

例えば、

「全部はできないけど、ここまでならできます」

「今日は難しいけど、明日なら大丈夫です」

「1時間は無理だけど、20分なら話せます」

これなら、

優しさも残せます。

そして、

自分の限界も守れます。

助手🧑🏼‍🎓

「自分を大切にすると、人に優しくできなくなるわけじゃないんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「むしろ、長く優しくいられるようになる。」

「境界線」は、人を遠ざける壁ではない

自己犠牲の話では、

よく、

境界線

という言葉が出てきます。

境界線というと、

人を拒絶する壁のように感じるかもしれません。

でも、

本来は、

「ここからここまでは私」

「ここから先はあなた」

を分ける線です。

博士👨🏼‍🏫

「家にも敷地の境界があるじゃろう?」

助手🧑🏼‍🎓

「ありますね。」

博士👨🏼‍🏫

「境界があるからこそ、安心して行き来できるんじゃ。」

境界線がないと、人間関係は苦しくなる

例えば、

相手が困っている。

私が解決しなきゃ。

相手が怒っている。

私が機嫌を取らなきゃ。

相手が寂しい。

私がそばにいなきゃ。

相手が忙しい。

私が手伝わなきゃ。

これでは、

相手の感情と、

自分の責任が、

すべて混ざっています。

境界線を引くとは、

相手を放置することではありません。

自分ができることと、

相手が引き受けることを、

分けることです。

「私がやらなきゃ」を疑ってみる

自己犠牲する人は、

よく、

「私がやらなきゃ」

と思います。

そこで、

一度、

こう聞いてみてください。

「本当に私しかできない?」

例えば、

家事。

仕事。

相談。

世話。

調整。

全部、

本当に、

あなた一人しかできないでしょうか?

助手🧑🏼‍🎓

「僕が勝手に“自分しかできない担当”になっていたこともありそうです。」

博士👨🏼‍🏫

「あるかもしれんのう。」

人に任せることは「無責任」ではない

自分でやった方が早い。

確かに、

そういうこともあります。

でも、

全部自分でやると、

周りは、

ずっとやらないままです。

そして、

あなたの負担だけが増えます。

博士👨🏼‍🏫

「短期的には自分でやった方が早い。」

「長期的には、みんなができるようになった方が楽じゃ。」

「頼る練習」は、小さく始める

助けることに慣れている人ほど、

頼るのは難しいものです。

だから、

いきなり大きなお願いをしなくていい。

例えば、

「これ取ってもらえる?」

「少し話を聞いてもらえる?」

「今日はお願いしてもいい?」

「一緒に考えてくれる?」

小さなお願いをして、

“頼っても関係は壊れない”

という経験を増やしていきます。

「ありがとう」を受け取るだけでも練習になる

褒められた。

「いやいや、そんなことないです」

と言いたくなる。

助けてもらった。

「ごめんね」

と言いたくなる。

そんなとき、

ただ、

「ありがとう」

と言ってみる。

これも、

受け取る練習です。

助手🧑🏼‍🎓

「与えるだけじゃなく、受け取る筋肉も鍛えるんですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

自己犠牲をやめると「わがままになる」は本当?

多くの人が、

ここを心配します。

「自分を優先したら、わがままになりそう」

でも、

これまで、

ずっと他人を優先してきた人が、

少し自分を優先したからといって、

急に極端な人になる可能性は、

それほど高くありません。

むしろ、

今までのバランスが、

少し中央へ戻るだけかもしれません。

博士👨🏼‍🏫

「振り子が右に振れすぎていたなら、真ん中へ戻す必要がある。」

「自分を優先する」と「他人を無視する」は違う

例えば、

自分を優先する。

今日は疲れているから断る。

他人を無視する。

相手の事情を一切考えない。

これは、

違います。

自分の希望も伝える。

相手の希望も聞く。

そして、

どこで折り合うか考える。

これが、

対等な人間関係

です。

「人の役に立つ私」以外の自分にも価値を置く

ここは、

非常に大切です。

自己犠牲する人は、

役に立つことで、

自分の価値を感じていることがあります。

だから、

一度、

考えてみてください。

もし、

誰の役にも立っていない日があったら、

あなたの価値は、

本当にゼロになるでしょうか?

仕事をしていない。

誰かを助けていない。

家事もしていない。

何も生産していない。

ただ、

休んでいる。

それでも、

あなたは、

存在しています。

博士👨🏼‍🏫

「人間の価値を、“本日の作業量”だけで決めなくてもよい。」

「何をしたか」だけでなく「どんな人でいたか」を見る

一日の終わりに、

こんなことを振り返ってみてください。

今日、

何を達成した?

だけではなく、

今日、

何を大切にした?

どんな気持ちで人と関わった?

自分にどんな優しさを向けた?

何を断れた?

どこで休めた?

これらも、

十分大切なことです。

自己犠牲をゆるめる「5ステップ」

ここからは、

日常で実践しやすい形にまとめます。

ステップ① 反射的な「いいよ」を止める

まず、

すぐ返事をしない。

「確認してから返すね」

「少し考えていい?」

と、

一度止まります。

ステップ② 自分の気持ちを確認する

やりたい?

やりたくない?

余裕がある?

疲れている?

今、

何を感じている?

ここを確認します。

ステップ③ 罪悪感と本心を分ける

「断ったら悪い」

と、

「本当はやりたい」

は違います。

自分が動こうとしている理由が、

愛情なのか、

罪悪感なのか、

見てみます。

ステップ④ できる範囲を伝える

全部引き受けるのではなく、

「ここまでならできる」

と伝える。

助ける量を、

自分で決めます。

ステップ⑤ 終わったあとに「私はどうだった?」を振り返る

相手が満足したかだけではなく、

自分がどうだったかも見ます。

疲れすぎなかった?

納得していた?

後悔していない?

ここまで確認して、

初めて、

自分も含めた選択になります。

自己犠牲しそうになったときの「3つの質問」

何か頼まれたとき、

次の3つを自分に問いかけてみてください。

① 私は、本当にやりたい?それとも断るのが怖い?

これだけでも、

かなり違います。

② 私が引き受けなかったら、本当に相手は困る?

「困る」

と、

「少し不便」

は違います。

③ この選択の中に、私自身は入っている?

相手。

家族。

職場。

友人。

みんなを考えている。

でも、

そこに、

自分

はいますか?

助手🧑🏼‍🎓

「一番近くにいるのに、名簿から外れてました。」

博士👨🏼‍🏫

「これからは入れてあげるんじゃ。」

「人を大切にする」と「自分を大切にする」は両立できる

自己犠牲する人は、

どちらか一方を選ぼうとします。

相手を大切にする。

自分は我慢する。

自分を大切にする。

相手を傷つける。

でも、

この二択ではありません。

相手の事情を聞く。

自分の事情も伝える。

相手の気持ちを考える。

自分の気持ちも考える。

助けられるところは助ける。

難しいところは断る。

これが、

“自分も相手も一人の人間として扱う”

ということです。

自分を犠牲にしなくても、あなたの優しさはなくならない

これは、

ぜひ覚えておいてください。

断ったからといって、

優しくなくなるわけではありません。

休んだからといって、

思いやりがなくなるわけではありません。

人に頼ったからといって、

価値が下がるわけではありません。

自分の希望を言ったからといって、

わがままな人になるわけではありません。

博士👨🏼‍🏫

「優しさは、“自分を傷つけた量”で測るものではないんじゃ。」

自分を大切にできる人ほど長く人を支えられる

例えば、

井戸から水を汲んで、

みんなに配る人がいたとします。

でも、

自分のバケツには、

一滴も入れない。

ずっと、

配り続ける。

そのうち、

倒れてしまうかもしれません。

助手🧑🏼‍🎓

「まず自分にも水が必要ですね。」

博士👨🏼‍🏫

「そうじゃ。」

自分を満たすことは、

人を見捨てることではありません。

むしろ、

長く人を支えるためにも、

必要なことです。

「私がいなくても大丈夫」を育てる

自己犠牲する人にとって、

これは少し怖い言葉かもしれません。

でも、

とても大切です。

「私がいなくても、この人は生きていける」

「私が全部やらなくても大丈夫」

「私が休んでも、世界は回る」

「誰かが困っても、その人自身に力がある」

これは、

冷たさではありません。

相手の力を信じること

でもあります。

博士👨🏼‍🏫

「助けることと、相手を信頼することは両立するんじゃ。」

まとめ:「自分より他人」ではなく、「自分も他人も」大切にする

自己犠牲してしまう人は、

もしかすると、

人一倍、

人との関係を大切にしてきた人なのかもしれません。

嫌われないように。

困らせないように。

期待に応えられるように。

役に立てるように。

誰かを悲しませないように。

そのために、

自分の気持ちを、

少しずつ後回しにしてきた。

そして、

いつの間にか、

「人を大切にする=自分を我慢させること」

になっていたのかもしれません。

でも、

本当は、

優しさの中から、

自分だけを外さなくてもいいのです。

助手🧑🏼‍🎓

「博士。」

「自分を優先すると、他人を大切にできなくなると思っていました。」

博士👨🏼‍🏫

「そうではない。」

「大切にする人数を、一人増やすだけじゃ。」

助手🧑🏼‍🎓

「一人?」

博士👨🏼‍🏫

「君自身じゃよ。」

誰かを助けていい。

支えていい。

優しくしていい。

でも、

疲れていたら、

休んでもいい。

無理なら、

断っていい。

困ったら、

頼っていい。

自分の希望を、

伝えていい。

そして、

「役に立っていない自分」にも、

居場所があっていい。

自己犠牲から抜け出すことは、

優しさを失うことではありません。

自分にも同じ優しさを向けること。

「自分より他人」

ではなく、

「自分も他人も」

へ。

人を大切にする力を、

これからは、

少しだけ、

自分自身にも向けてみてください。

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人の顔色をうかがってしまう人の心理 〜なぜ他人の反応が怖くなるのか?〜

承認欲求が強い人の心理 〜なぜ「認められたい」が止まらないのか?〜

自分を大切にする方法 〜なぜ自分を後回しにしてしまうのか?

次へのステップ:「人に頼れない人」はなぜ全部一人で抱え込んでしまうのか?

ここまで読んで、

「確かに私は、助ける側でいることが多い」

「人を頼るより、自分でやった方が楽だと思っている」

という方もいるかもしれません。

自己犠牲する人の中には、

人を助けることはできても、

自分が助けてもらうことが苦手

な人が少なくありません。

疲れている。

でも、

「大丈夫」

と言う。

困っている。

でも、

「自分で何とかします」

と言う。

本当は誰かに話を聞いてほしい。

でも、

「こんなことで迷惑をかけたくない」

と思う。

そして、

限界になってから、

一人で苦しくなる。

では、

なぜ、

人を助けることはできるのに、

自分が人を頼ることには、

こんなにも抵抗があるのでしょうか?

そこには、

「頼る=弱い」

「迷惑をかけてはいけない」

「自分のことは自分で何とかすべき」

といった心のルールが隠れていることがあります。

次の記事では、

人に頼れない人の心理 〜なぜ何でも一人で抱え込んでしまうのか?〜

をテーマに、

「助けて」と言えない心理を、

さらに深く掘り下げていきます。

なぜ、

頼ることが怖いのか。

なぜ、

弱さを見せられないのか。

そして、

依存するのではなく、

人と支え合える関係

を作るにはどうしたらいいのか。

博士と助手と一緒に、

じっくり見ていきましょう。

● この記事の著者:設楽貴之
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