2026.08.17
自己肯定感が低い人の心理 〜なぜ「自分には価値がない」と感じてしまうのか?〜
「私なんて、大したことない」
「どうせ私には無理」
「もっとちゃんとできなければダメ」
「人と比べると、自分が劣っているように感じる」
「褒められても、素直に受け取れない」
「失敗すると、自分そのものを否定されたように感じる」
そんなふうに、
自分自身に対して厳しい評価をしてしまうことはありませんか?
仕事で一つ失敗した。
すると、
「今回はうまくいかなかった」
ではなく、
「やっぱり私は仕事ができない」
と思ってしまう。
誰かから注意された。
すると、
「ここを直せばいい」
ではなく、
「私はダメな人間なんだ」
と感じてしまう。
SNSで活躍している人を見る。
すると、
「あの人はすごいな」
だけでは終わらず、
「それに比べて私は……」
と、自分の価値まで下げてしまう。
反対に、
仕事がうまくいった。
誰かから褒められた。
成果が出た。
その瞬間は、
「私も少しは大丈夫かもしれない」
と思える。
でも、しばらくすると、
また不安になる。
もっと頑張らなければ。
もっと評価されなければ。
もっと役に立たなければ。
そして、
また自分の価値を証明しようと頑張り始める。
前回の記事では、
「承認欲求が強い人の心理」
についてお話ししました。
そこで、
人から認めてもらいたい気持ちの奥には、
「私は大丈夫?」
「私には価値がある?」
という問いが隠れていることがある、
とお伝えしました。
では今回は、
さらにその奥へ進んでみましょう。
そもそも、
なぜ人は、
「自分には価値がない」
と感じるようになるのでしょうか?
そして、
自己肯定感を育てるとは、
本当はどういうことなのでしょうか?
今回は心理学の物知り博士👨🏼🏫と助手🧑🏼🎓と一緒に、
「自己肯定感」という言葉のさらに奥にある、
自分自身との関係
について、じっくり紐解いていきましょう。
結論:自己肯定感が低い人は「自分に価値がない」のではなく、価値を感じるための条件が厳しすぎる
助手🧑🏼🎓
「博士。」
博士👨🏼🏫
「なんじゃ?」
助手🧑🏼🎓
「自己肯定感が低い人って、どうしたら自分を好きになれるんですか?」
博士👨🏼🏫
「ふむ。」
「では助手くんは、“自己肯定感が高い人”とはどんな人だと思う?」
助手🧑🏼🎓
「自信があって……。」
「自分のことが大好きで……。」
「鏡を見て、“今日も僕は最高!”って言える人でしょうか?」
博士👨🏼🏫
「朝から少々まぶしいのう。」
助手🧑🏼🎓
「違うんですか?」
博士👨🏼🏫
「自己肯定感というのは、“自分は最高だと思い込むこと”とは少し違うんじゃ。」
自己肯定感について考えるとき、
とても大切なことがあります。
それは、
「自分の価値を高く評価すること」と、「自分の存在を否定しないこと」は同じではない
ということです。
例えば、
「私は仕事ができる」
「私は人より優れている」
「私は魅力的だ」
と思えることだけが、
自己肯定感ではありません。
むしろ、
仕事で失敗したとき。
人から評価されなかったとき。
思うようにできなかったとき。
自信をなくしたとき。
そんなときにも、
「それでも、私は私としてここにいていい」
と、自分自身との関係を切らずにいられる。
これが、とても大切なのです。
助手🧑🏼🎓
「つまり……。」
「自己肯定感って、“自分に100点をつけること”じゃないんですか?」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
「30点の日の自分まで退学にしないことじゃよ。」
【セルフチェック】あなたは自分の価値に「条件」をつけていませんか?

次の項目を読んで、当てはまるものがあるか確認してみてください。
□ 失敗すると「自分はダメだ」と感じる
□ 人から褒められても「たまたま」と思ってしまう
□ 自分より優れている人を見ると落ち込む
□ 人から評価されないと自信がなくなる
□ 「もっと頑張らなければ」といつも感じている
□ 休んでいると罪悪感を覚える
□ 人の役に立てないと、自分には価値がないように感じる
□ 小さな失敗を長い間引きずる
□ 自分の長所より短所に目が向きやすい
□ 「こんなこともできない自分はダメ」と思うことがある
□ 人から嫌われると、自分自身を否定されたように感じる
□ 周囲から必要とされることで安心する
□ 他人には優しくできるのに、自分には厳しい
□ 「もっとちゃんとした人間にならなければ」と感じる
□ 何かを達成しても、すぐ次の課題を探してしまう
□ 「今の自分では不十分だ」という感覚がある
助手🧑🏼🎓
「博士……。」
「僕、自分の入学試験を毎日やっている気がしてきました。」
博士👨🏼🏫
「しかも採点基準を毎日厳しくしておるかもしれんな。」
助手🧑🏼🎓
「永久に合格できないじゃないですか。」
博士👨🏼🏫
「そこに気づくことが大事なんじゃ。」
※このチェックは診断ではありません。自分自身への接し方や考え方の傾向に気づくための目安としてお使いください。
そもそも「自己肯定感」とは何なのか?

「自己肯定感を上げましょう」
という言葉は、
今ではよく聞くようになりました。
でも、
この言葉は少し誤解されやすいところがあります。
自己肯定感というと、
「自分を好きになること」
「自信を持つこと」
「自分を褒めること」
と思われがちです。
もちろん、それらも関係しています。
でも、
もっと根本には、
「うまくできる自分も、できない自分も含めて、自分自身を否定せずにいられる感覚」
があります。
例えば、
仕事がうまくできた。
「よくやった」
と思える。
これは比較的簡単です。
でも、
失敗した。
そのときに、
「失敗した。でも、それで私という人間の価値がなくなったわけではない」
と思える。
こちらの方が、
実はとても重要です。
「自信がある」と「自己肯定感がある」は同じではない
助手🧑🏼🎓
「博士、自信と自己肯定感って同じじゃないんですか?」
博士👨🏼🏫
「似ているが、少し違うんじゃ。」
例えば、
料理に自信がある。
仕事に自信がある。
人前で話すことに自信がある。
これは、
「私はこれができる」
という感覚です。
一方、
自己肯定感の根っこにあるのは、
「できても、できなくても、私は私でいていい」
という感覚です。
料理に失敗した。
仕事でミスした。
人前でうまく話せなかった。
それでも、
「だから私は価値がない」
とはしない。
博士👨🏼🏫
「自信は、“私はできる”という感覚。」
「自己肯定感は、“できない私にも居場所がある”という感覚に近いんじゃ。」
助手🧑🏼🎓
「なるほど……。」
「自信は能力の話で、自己肯定感は自分との関係の話なんですね。」
博士👨🏼🏫
「うむ。そう考えるとわかりやすい。」
自己肯定感が低い人は「自分の価値」に条件がついていることがある
ここからが、とても大切です。
自己肯定感が低いと感じている人の中には、
自分自身の価値に、
無意識の「条件」がついていることがあります。
例えば、
仕事ができる私なら価値がある。
人から好かれる私なら価値がある。
役に立つ私なら価値がある。
迷惑をかけない私なら価値がある。
頑張っている私なら価値がある。
ちゃんとしている私なら価値がある。
人より優れている私なら価値がある。
一見すると、
どれも前向きに見えるかもしれません。
でも、
裏返してみるとどうでしょう。
仕事ができなければ、
価値がない。
嫌われたら、
価値がない。
役に立てなければ、
価値がない。
休んでいたら、
価値がない。
失敗したら、
価値がない。
つまり、
自己価値に条件が多いほど、「自分を肯定できる日」が少なくなります。
「条件つき自己価値」という見えない契約

博士👨🏼🏫
「助手くん。」
「会員制クラブを想像してみなさい。」
助手🧑🏼🎓
「急ですね。」
博士👨🏼🏫
「そこに、“自分を認めてもよいクラブ”がある。」
助手🧑🏼🎓
「入りたいです。」
博士👨🏼🏫
● 「入会条件はこうじゃ。」
● 「失敗しないこと。」
● 「人から嫌われないこと。」
● 「仕事ができること。」
● 「迷惑をかけないこと。」
● 「いつも頑張ること。」
● 「人より劣らないこと。」
助手🧑🏼🎓
「……無理じゃないですか?」
博士👨🏼🏫
「そうなんじゃ。」
自己肯定感が低い状態では、
自分を認めるための条件が、
あまりにも多くなっていることがあります。
そして、
その条件を一つでも満たせないと、
「会員資格剥奪」
のように、
自分を否定してしまう。
だから、
自己肯定感を育てるとき、
「もっと自信をつけよう」
だけでは不十分な場合があります。
大切なのは、
自分を認めるために、どんな条件を課しているのかに気づくこと
なのです。
なぜ「自分には価値がない」と感じるようになるのか?
では、
こうした条件は、
どこから生まれるのでしょうか?
原因は人それぞれです。
そして、
必ずしも「親の育て方だけ」で説明できるものでもありません。
● 家庭環境
● 学校生活
● 友人関係
● 恋愛
● 仕事
● 社会的な経験
さまざまな出来事を通して、
人は自分についての考え方を学習していきます。
例えば、
子どもの頃、
テストで100点を取った。
「すごいね!」
と褒めてもらった。
すると、
「できると認めてもらえる」
と学習する。
もちろん、
これ自体は悪いことではありません。
でも、
失敗したときには強く叱られ、
うまくできたときだけ認めてもらえる経験が繰り返されると、
心の中で、
「できる私には価値がある」
というルールが強くなることがあります。
「いい子」でいることで居場所を守ってきた人
例えば、
子どもの頃から、
親を困らせないようにしてきた。
わがままを言わなかった。
弟や妹の面倒を見た。
親の期待に応えた。
学校でも、
先生の言うことをよく聞いた。
すると、
周囲から、
「いい子ね」
「しっかりしているね」
「あなたは手がかからないね」
と言われる。
その経験の中で、
「いい子でいると、私は受け入れてもらえる」
という学習が生まれることがあります。
反対に言えば、
「いい子でなければ、受け入れてもらえないかもしれない」
という不安も生まれます。
助手🧑🏼🎓
「だから大人になっても、“ちゃんとしていなきゃ”が続くんですか?」
博士👨🏼🏫
「そういう場合もあるじゃろう。」
「昔は自分を守ってくれたルールが、大人になってから窮屈になることがあるんじゃ。」
「比較される経験」が自己評価の物差しになることもある

「お姉ちゃんはできるのに」
「○○ちゃんはもっと勉強しているよ」
「みんなできているよ」
そんなふうに、
人と比較される経験が多いと、
自分を見るときにも、
他人を物差しとして使いやすくなることがあります。
すると、
自分が昨日より成長したか、
ではなく、
「あの人より上か下か」
で自分の価値を判断する。
● 仕事
● 収入
● 学歴
● 容姿
● 結婚
● 子育て
● SNSのフォロワー
● 生活の充実度
比較する材料は、
いくらでもあります。
そして、
上を見れば、
必ず誰かがいます。
助手🧑🏼🎓
「博士、これって終わりがないですね。」
博士👨🏼🏫
「そうじゃ。」
「他人との比較だけで自分の価値を測るのは、ゴールが動き続けるマラソンのようなものじゃ。」
自己肯定感が低い人ほど「できていない部分」に目が向きやすい

例えば、
仕事で10個のことをしたとします。
9個はうまくできた。
1個だけ失敗した。
ところが、
家に帰ってから考えるのは、
その1個。
「あのミス、まずかったな」
「どうしてあんなことをしたんだろう」
「上司はどう思っただろう」
9個できたことは、
ほとんど記憶に残らない。
助手🧑🏼🎓
「博士、僕の脳内反省会、失敗だけ特別ゲスト扱いしてます。」
博士👨🏼🏫
「しかも公演時間が長い。」
これは、
自分自身を見るときの「注意の向き方」にも関係します。
自分の不足。
失敗。
欠点。
できなかったこと。
そこばかりに目が向くと、
当然、
「私はダメだ」
という結論になりやすくなります。
「できたこと」を無視する心のクセ
例えば、誰かから
「説明がわかりやすかったです」
と言われた。
すると、
「いやいや、全然ですよ」
と打ち消す。
仕事で成果が出た。
すると、
「運が良かっただけ」
と考える。
資格に合格した。
すると、
「この程度なら誰でも取れる」
と思う。
助手🧑🏼🎓
「博士、これだと自分の良い証拠が全部却下されますね。」
博士👨🏼🏫
「そうなんじゃ。」
自己肯定感が低いとき、
自分を否定する証拠は採用するのに、
自分を認める証拠は、
証拠不十分として却下してしまう
ことがあります。
すると、
どれだけ成果を出しても、
自己評価がなかなか変わりません。
「自分には価値がない」は事実ではなく、学習された結論かもしれない
ここは、
今回の記事の中でも非常に大切な部分です。
「私は価値がない」
「私はダメな人間だ」
「私は人より劣っている」
こうした考えは、
本人にとっては、
まるで「事実」のように感じられることがあります。
でも、
少し考えてみてください。
人間の価値は、どこで測るのでしょう?
仕事の能力?
年収?
学歴?
容姿?
友達の数?
結婚しているか?
人から好かれているか?
社会的に成功しているか?
どれでしょう。
博士👨🏼🏫
「そもそも、人間の価値を測る公式などあるのかね?」
助手🧑🏼🎓
「……ないですね。」
博士👨🏼🏫
「では、“自分には価値がない”というのは、数学の答えのような客観的事実ではないということじゃ。」
「自分には価値がない」
という感覚は、
これまでの経験の中で、
自分自身について作られた、
一つの結論
なのかもしれません。
そして、
学習されたものなら、
新しい経験によって、
少しずつ別の学習を作っていくこともできます。
「私はダメだ」の前に、本当は何が起きている?

例えば、
仕事でミスをした。
事実は、
「仕事で一つミスをした」
です。
ところが、
心の中では、
仕事でミスをした
↓
仕事ができない
↓
人より劣っている
↓
私はダメだ
↓
私には価値がない
と、
一気に階段を下りてしまうことがあります。
助手🧑🏼🎓
「エレベーター並みに速いですね。」
博士👨🏼🏫
「心は時々、地下まで直通じゃ。」
そこで、
途中で止まってみます。
「本当に、そこまで言える?」
仕事でミスをしたことと、
人間として価値がないことは、
まったく別の話です。
「行動」と「存在」を分ける

これは、
自己肯定感を育てるうえで、
とても大切な考え方です。
例えば、
約束を忘れた。
↓
「約束を忘れたことは良くなかった」
これは行動への評価です。
でも、
↓
「だから私は最低な人間だ」
になると、
存在全体への評価になります。
仕事で失敗した。
↓
「確認が足りなかった。次は改善しよう」
これは行動への評価。
↓
「私は仕事のできないダメな人間だ」
これは自己否定です。
博士👨🏼🏫
「反省は必要じゃ。」
「じゃが、反省と自己処刑は別物じゃよ。」
助手🧑🏼🎓
「自己処刑……。」
博士👨🏼🏫
「毎回そこまでせんでもよい。」
自己肯定感を上げようとすると、かえって苦しくなることがある
ここで、
少し意外な話をします。
「自己肯定感を上げなければ!」
と頑張りすぎると、
逆に苦しくなることがあります。
なぜなら、
自己肯定感が低い自分に対して、
また新しい条件をつけるからです。
「自己肯定感が高い私なら価値がある」
となってしまう。
助手🧑🏼🎓
「あ……。」
博士👨🏼🏫
「なかなか巧妙じゃろう?」
「自分を肯定するために、自分を否定しておる。」
例えば、
「もっと自分を好きにならなきゃ」
「ポジティブにならなきゃ」
「自信を持たなきゃ」
と思えば思うほど、
できない自分を責めてしまう。
だから、
自己肯定感を育てる第一歩は、
必ずしも、
「自分を好きになること」
ではありません。
むしろ、
「自分を嫌っている自分まで、いったん否定しないこと」
から始まることがあります。
無理に「私は素晴らしい」と思わなくてもいい
例えば、
心の中では、
「私はダメだ」
と思っている。
そこに突然、
「私は素晴らしい!」
「私は価値がある!」
と言っても、
心の中から、
「いやいやいや」
という声が出てくることがあります。
助手🧑🏼🎓
「あります。」
博士👨🏼🏫
「心もなかなか正直じゃ。」
そんなときは、
無理に反対側へ飛ばなくても構いません。
「私は最高」
ではなく、
「今、私は自分をダメだと感じているんだな」
と気づく。
「私は価値がある」
と言えなくても、
「価値がないと決めつけなくてもいいかもしれない」
くらいから始める。
白から黒へ、
黒から白へ、
一気に変える必要はありません。
灰色の場所に立つこともできます。
自己肯定感を育てる5つのステップ
ここからは、
今日から実践できる方法をご紹介します。
ステップ① 「私はダメだ」を具体的な出来事に戻す
「私はダメだ」
と思ったら、
こう質問します。
「具体的に、何が起きた?」
例えば、
「私はダメだ」
↓
会議でうまく説明できなかった。
「私は役に立たない」
↓
今日は頼まれた仕事を一つ終えられなかった。
「私は嫌われている」
↓
一人からLINEの返信がまだ来ていない。
大きな自己否定を、
具体的な出来事の大きさまで戻します。
博士👨🏼🏫
「象くらいに膨らんだ自己否定を、元の豆粒まで戻すんじゃ。」
ステップ② 「行動」と「自分自身」を分ける
例えば、
「失敗した」
と、
「私は失敗者だ」
は違います。
「うまく話せなかった」
と、
「私はコミュニケーション能力がない」
も違います。
「断れなかった」
と、
「私は弱い人間だ」
も違います。
そこで、
言葉を変えてみます。
×「私はダメだ」
↓
○「今回はうまくできなかった」
×「私は弱い」
↓
○「今回は怖くて言えなかった」
×「私は仕事ができない」
↓
○「この仕事では改善できるところがあった」
この小さな言い換えが、
自分全体を否定するクセを弱めていきます。
ステップ③ 「できなかったこと」と同じ数だけ「できたこと」を探す
人は、
できなかったことには自然と目が向きます。
だからこそ、
意識的に反対側も見ます。
例えば、
今日は会議で発言できなかった。
では、
何はできた?
会議には参加した。
資料を準備した。
人の話を聞いた。
メモを取った。
仕事には行った。
助手🧑🏼🎓
「博士、“仕事に行った”まで入れていいんですか?」
博士👨🏼🏫
「もちろんじゃ。」
「普段当たり前にやっていることほど、自己評価から消えやすいからのう。」
ステップ④ 自分への言葉を「大切な人に言える言葉」に変える
失敗したとき、
自分に、
「何やってるの?」
「本当にダメだな」
「こんなこともできないの?」
と言っていませんか?
では、
大切な友人が同じ失敗をしたら、
同じ言葉をかけるでしょうか?
おそらく、
「大丈夫?」
「そういうこともあるよ」
「次どうしたらいいか考えよう」
と言うのではないでしょうか。
そこで、
自分にも同じ基準を使ってみます。
助手🧑🏼🎓
「他人には天使、自分には鬼教官になっていました。」
博士👨🏼🏫
「鬼教官にも週休二日くらい与えてやりなさい。」
ステップ⑤ 「何ができたか」ではなく「何を大切にできたか」を見る
自己肯定感を成果だけに結びつけないために、
こんな質問をします。
「今日は、私は何を大切にできた?」
例えば、
怖かったけれど、
誠実に謝った。
↓
「誠実さを大切にできた」
忙しかったけれど、
子どもの話を聞いた。
↓
「家族との時間を大切にできた」
疲れていたので、
今日は早く休んだ。
↓
「自分の身体を大切にできた」
結果ではなく、
自分の価値観に沿った行動
を見るのです。
今日からできる「自己肯定感を育てる3列ワーク」

紙を一枚用意してください。
そして、
3つの列を作ります。
① 起きた出来事
② 自分に言った言葉
③ もう少し公平に言うなら?
例えば、
【起きた出来事】
仕事でミスをした。
【自分に言った言葉】
「私は本当に仕事ができない」
【もう少し公平に言うなら?】
「今日は確認不足でミスをした。次回はチェック方法を変えてみよう」
別の例です。
【起きた出来事】
友人から返信が来ない。
【自分に言った言葉】
「嫌われたかもしれない」
【もう少し公平に言うなら?】
「まだ返信が来ていない。それ以上のことは今の時点ではわからない」
さらに、
【起きた出来事】
休日に何もできなかった。
【自分に言った言葉】
「一日を無駄にした」
【もう少し公平に言うなら?】
「今日は身体が休息を必要としていたのかもしれない」
博士👨🏼🏫
「ポイントは、“ポジティブに変換すること”ではないぞ。」
助手🧑🏼🎓
「じゃあ何ですか?」
博士👨🏼🏫
「自分に対する判決を、少し公平にすることじゃ。」
「自分には価値がない」と感じたときの3つの質問

心が強く落ち込んだときには、
次の3つを使ってみてください。
① 何が起きたから、私は「価値がない」と感じた?
具体的な出来事を探します。
失敗した?
断られた?
誰かから注意された?
人と比較した?
SNSを見た?
まず、
「価値がない」という大きな結論から、
実際に起きた出来事へ戻ります。
② 私は今、自分の価値にどんな条件をつけている?
例えば、
「成功できなければ価値がない」
「人から好かれなければ価値がない」
「役に立たなければ価値がない」
「完璧でなければ価値がない」
「迷惑をかけたら価値がない」
という条件が見つかるかもしれません。
そこで、
こう聞きます。
「本当に、この条件を満たさない人には価値がないと思う?」
おそらく、
他人にはそんな基準を使っていないことに気づくかもしれません。
③ 大切な人が同じことで悩んでいたら、私は何と言う?
これは、
自分への厳しさから一度距離を取るための質問です。
大切な友人が、
「仕事で失敗した。私には価値がない」
と言ったら、
何と言うでしょう?
「その通り。価値ないね」
とは、
おそらく言わないでしょう。
「一回の失敗で、あなたの価値まで決まらないよ」
と言うかもしれません。
その言葉を、
ほんの少しだけ自分にも向けてみる。
自己肯定感は「上げるもの」というより「戻れる場所」を作ること
博士👨🏼🏫
「助手くん。」
「自己肯定感をグラフにしたら、毎日右肩上がりだと思うかね?」
助手🧑🏼🎓
「そうなったら理想ですね。」
博士👨🏼🏫
「人間は株価ではないからのう。」
誰でも、
自信をなくす日はあります。
人と比べて落ち込む日もあります。
「自分なんて」
と思うこともあります。
自己肯定感が育つというのは、
そういう感情が二度となくなることではありません。
落ち込んでも、
戻ってこられる。
失敗しても、
自分との関係を切らない。
人から否定されても、
「その評価=私のすべて」にはしない。
自信を失っても、
また少しずつ自分を支え直せる。
そんな、
心の帰る場所を自分の中に作っていくこと
なのかもしれません。
「自己肯定」より先に「自己理解」が必要なこともある
自己肯定感が低い人に、
「もっと自分を好きになりましょう」
と言っても、
難しいことがあります。
なぜなら、
本人には、
自分を嫌いになった理由があるからです。
博士👨🏼🏫
「心には心なりの歴史があるんじゃ。」
例えば、
失敗すると強く責められてきたなら、
失敗を怖がる理由があります。
人に迷惑をかけないように生きてきたなら、
人に頼れない理由があります。
期待に応えることで居場所を守ってきたなら、
頑張るのをやめられない理由があります。
だから、
いきなり、
「そんな考え方はやめましょう」
ではなく、
「なぜ私は、こう考えるようになったんだろう?」
と理解する。
自己理解は、
自分を責める力を、
少しずつ弱めてくれます。
自分を責める声にも「目的」があることがある
助手🧑🏼🎓
「博士、僕の中の“もっと頑張れ!”っていう声、消せないんですか?」
博士👨🏼🏫
「消す前に、一度聞いてみてもいい。」
「その声は、何のために助手くんを責めていると思う?」
例えば、
「もっと頑張れ」
という声は、
怠けないようにしているのかもしれません。
「失敗するな」
という声は、
恥をかかないように守ろうとしているのかもしれません。
「人に嫌われるな」
という声は、
孤立しないようにしているのかもしれません。
つまり、
自分を責める内側の声も、
もともとは、
自分を守るために生まれた可能性
があります。
ただ、
その守り方が、
今の自分には厳しすぎる。
だから、
声を敵にするのではなく、
「守ってくれてありがとう。でも、もう少し別の方法も探してみよう」
という関わり方もできます。
「価値のある自分になる」のではなく「価値を証明し続けなくていい自分」へ
ここは、
ぜひ覚えておいてほしいところです。
自己肯定感が低いと、
つい、
「もっと価値のある人にならなければ」
と思います。
もっと成功する。
もっと仕事ができる。
もっと魅力的になる。
もっと人から好かれる。
もっと役に立つ。
もちろん、
成長することは素晴らしいことです。
でも、
それを、
「自分の価値を証明するため」
だけに続けていると、
終わりがありません。
一つ達成する。
↓
安心する。
↓
もっと上が見える。
↓
また足りなくなる。
まるで、
頂上に着くたび、
山がさらに高くなるようなものです。
博士👨🏼🏫
「成長することと、自分の存在価値を証明することは分けてもいいんじゃ。」
自己肯定感が育つと「失敗できるようになる」

少し意外かもしれません。
自己肯定感が育つと、
必ずしも、
「失敗しなくなる」
わけではありません。
むしろ、
失敗できるようになります。
なぜなら、
失敗しても、
自分の価値まで失わないからです。
「うまくいかなかった」
↓
「じゃあ、次はどうしよう?」
と考えられる。
ところが、
失敗=自己価値の否定
になっていると、
挑戦そのものが怖くなります。
助手🧑🏼🎓
「失敗しても帰れる場所があるから、冒険できるんですね。」
博士👨🏼🏫
「その通りじゃ。」
港があるから、船は海へ出られる。
自己肯定感とは、
いつも港にいることではありません。
むしろ、
失敗しても、
傷ついても、
迷っても、
自分のところへ帰ってこられる港を持つこと
なのです。
自分を大切にするとは「甘やかすこと」ではない
自己肯定感について話すと、
「そんなに自分を認めていたら、成長しなくなるのでは?」
と思う人もいます。
でも、
自分を大切にすることと、
何でも許すことは違います。
例えば、
大切な子どもが失敗したとします。
だからといって、
「あなたはダメな子」
とは言わないでしょう。
でも、
必要なら、
「ここは直そうね」
とは伝えます。
自分に対しても同じです。
自分を否定せずに、行動を修正する。
これができます。
博士👨🏼🏫
「植物を育てるときも、“なんでお前はまだ咲かないんだ!”と毎日怒鳴っても、よく育つとは限らん。」
助手🧑🏼🎓
「近所からも心配されます。」
博士👨🏼🏫
「水をやり、光を与え、必要なら枝を整える。」
「人も似たところがあるんじゃよ。」
「今の自分を認める」と「このままでいい」は違う
ここも、
非常に大切です。
今の自分を認めることは、
「私は一生このままでいい」
という意味ではありません。
「私は今、ここにいる」
と認めることです。
例えば、
地図を使って目的地へ行くとき、
最初に必要なのは何でしょう?
現在地です。
現在地を否定しても、
目的地には近づきません。
「私はここにいるはずじゃない!」
と怒っても、
地図は動きません。
今の自分を認めるとは、
「ここが今の現在地なんだ」
と知ること。
そこから、
行きたい方向を選ぶ。
博士👨🏼🏫
「自己肯定は、旅をやめることではない。」
「現在地を正確に知って、そこから歩き始めることなんじゃ。」
「自分には価値がない」から「価値を証明しなくても生きていい」へ
いきなり、
「私は価値のある人間だ!」
と思えなくても構いません。
もっと小さなところから始められます。
「失敗したからといって、全部がダメとは限らない」
「人から嫌われても、私のすべてが否定されたわけではない」
「今日は何もできなかったけれど、疲れていたのかもしれない」
「人の役に立てない日があってもいい」
「私は今、自分を否定したくなっているんだな」
そうやって、
少しずつ、
自分への判決を弱めていく。
自己肯定感とは、
巨大な自信を作ることではなく、
自分自身への小さな否定を一つずつ減らしていくこと
から育つこともあるのです。
まとめ:自己肯定感とは「どんな自分にも満点をつけること」ではない
「自分には価値がない」
「私はダメだ」
「もっと頑張らなければ」
そんな気持ちを抱えていると、
自分自身を変えなければ、
幸せになれないように感じるかもしれません。
もっと強くならなければ。
もっと自信を持たなければ。
もっと成功しなければ。
もっと好かれなければ。
でも、
もしかすると、
必要なのは、
もっと価値のある自分になることではないのかもしれません。
自分の価値を証明するために、
毎日試験を受け続けなくてもいい。
仕事で失敗した日も、
人から評価されなかった日も、
誰の役にも立てなかったように感じる日も、
疲れて何もできなかった日も、
自分自身との関係まで切らなくていい。
助手🧑🏼🎓
「博士。」
「自己肯定感って、“自分はすごい”と思えることだと思っていました。」
博士👨🏼🏫
「それも嬉しいことじゃ。」
「じゃが、本当に大切なのは——」
「すごくない日の自分まで、自分の人生から追い出さないことかもしれんのう。」
自己肯定感が高い人にも、
落ち込む日はあります。
自信をなくす日もあります。
人と比べる日もあります。
「私なんて」
と思う瞬間もあるでしょう。
それでも、
少しずつ、
自分のところへ戻ってこられる。
「今日はうまくいかなかったね」
「でも、また明日考えよう」
と、
自分の隣に座っていられる。
自己肯定感とは、自分自身との関係を切らない力なのかもしれません。
そして、
その関係は、
今日から少しずつ作り直すことができます。
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次へのステップ:「自分を好きになれない」のはなぜ?
ここまで読んで、
こんなことを感じた方もいるかもしれません。
「理屈ではわかったけれど、やっぱり自分を好きになれない」
「自分に優しくしようとしても、どうしても欠点ばかり見えてしまう」
「昔の失敗を思い出すと、自分を責めてしまう」
「他人なら許せるのに、自分だけは許せない」
もしそうだとしたら、
次に必要なのは、
自己肯定感を「上げる方法」をさらに探すことより、
なぜこれほど自分自身に厳しくなったのか
を理解することかもしれません。
あなたの中にいる、
いつも自分を責める声。
「もっと頑張れ」
「まだ足りない」
「そんな自分ではダメだ」
という声は、
どこからやってきたのでしょう?
そして、
その声と戦わずに、
自分自身との関係を変えていくことはできるのでしょうか?
次の記事では、
自分を好きになれない人の心理 〜なぜ自分にだけ厳しくなってしまうのか?〜
をテーマに、
自己否定と自己批判の心理
を、博士と助手と一緒にさらに深く掘り下げていきます。
「自分を好きにならなければ」
と無理をするのではなく、
まずは、
自分を嫌いにならなければならなかった理由を知ること。
そこから、
自分との新しい関係を作る旅を始めていきましょう。
● この記事の著者:設楽貴之
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